さて、前回の「神の見えざる手」の話に戻りましょう。モノの値段が上がれば供給は増えて需要は減る、値段が下がれば供給は減って需要は増える。さてさて、自分の店にこのグラフを当てはめて考えるとしたら、これはいったいどの商品についての価格のメカニズムを表しているのでしょうか。
コモディティは価格が勝負になる
カレーライスですか? ハンバーグ定食ですか? 刺身盛り合わせですか? 他店の様子も合わせて、よく考えてみてください。理屈に合わないことがあると気づくはずです。だって、あなたの店より高いハンバーグ定食がよく売れている店もあれば、あなたの店より安いカレーライスを提供しながらさっぱり売れていない店もあるはずです。これは、おかしいじゃありませんか。
実は、「神の見えざる手」で考えていい場合と、これを当てはめるのはお門違いになる場合とがあります。通用する場合とは何かというと、同じ品質のものがあちこちにある場合です。漢字を使って言えば同質のものが偏在する場合ということです。小麦、とうもろこし、米、大豆など、穀物や豆類がそうです。食べ物以外では、原油、天然ガス、各種の鉱物などがそうだと言えるでしょう。人間が作るものでも、鉄鋼など金属材料、半導体、薬品などは、同質のものが偏在する形になっています。
同じ品質のものがあちこちにあるというのは、同じものになるようにするための規格(standard)があるからです。そして、規格のあるものには相場というものが生まれます。つまり、ある一定の規格に合う同質の製品が、今はこの価格だ、と決まることになります。米相場、豆相場などがそうです。「金地金が今日はいくらだ」と話題になるのも、相場についての話題です。
相場とは、同じものに同じ値段がつくように力が働いた結果です。そして、それより高ければ売りにくく、それより安ければ売りやすいということが起こります。ここには「神の見えざる手」が及んでいます。
このような品物をコモディティ(commodity)ないしはコモディティ化した商品と呼びます。小売業でコモディティと言えば、日用品のことです。トイレットペーパー、ティッシュペーパー、石鹸などは代表的なコモディティです。これらは、メーカーごとに実は品質もイメージも違うのですが、割と多くの人にとって、それぞれの特徴は大きな違いとして認識されていません。
たとえばトイレットペーパーで認識されている違いとは、紙質、パッケージデザイン、香りなどではなく、「シングルか2枚重ねか」そして「1巻何mか」ということのほうでしょう。これは規格です。そして、「同じ規格のトイレットペーパーを買うならA社のものでもB社のものでもよく、いずれにせよ安く買いたい」というように考える人が多いでしょう。
身の回りに“底値帳”を付けている人がいませんか?「ティッシュペーパーはどこの店でいくらで売っていた。だから、次に買うときは、それ以下の値段でなければ買わない」と決めている人です。賢い人ですね。相場がある商品というものは、そのような買われ方をするものです。つまり、“コモディティは価格が勝負だ”ということになります。
日経グループの記者が、「値上げか/値下げか」という視点で価格に関心を持つのは、若いときからコモディティの値動きに触れてきたから身に付いた癖でしょう。穀物でも鉄鋼でも、コモディティの市場は大きなものです。そういう大きな仕事をウォッチしているというのは、経済紙誌の記者の資質として大切なものですから。
飲食店にとってはビールはコモディティ
では、飲食店を経営しているあなたのお店で扱っている商品にコモディティはありますか? コモディティという言葉は、もともと未加工の農産物等を表すニュアンスを持っている言葉ですから、ここは一つ、買って来たそのままの姿でお客さんに提供するものと考えてみてください。
ありますか?
ビールなど酒類、ソフトドリンク、この辺りを思い付いた方は、ここで話題にしているコモディティのことを理解していただけたと思います。
「ビールは国内4社はじめ、メーカーごとに品質は全部違うぞ」という声もあるでしょう。もっともです。では、たとえば、ビールとせずに、「アサヒスーパードライということにしてみましょうか。いえ、「一番搾り」でも「プレミアム・モルツ」でも「ヱビス」でもいいのです。要は一つの銘柄に絞って考えましょう。
ビールメーカーの営業の人は、あなたのお店に生ビールサーバーを設置するときに、ビールの温度管理の仕方、機器の取り扱いと手入れのしかた、いろいろと教えてくれたでしょう。それはなぜですか? あなたのお店でも、隣のお店でも、遠く離れた地域のお店でも、同じ味のビールをジョッキに注いでお客さんに提供してほしいからです。つまり、「このビールはこのように」という規格があります。ということは、ある銘柄のビールについては、相場が生まれるでしょう。だから、多くの店で生ビールの値段はだいたい同じになってくるのです。
メーカーの営業の人が「この値段で売ってください」と言えば独占禁止法に触れますから、そうは言わないでしょう。ですが、「同じ値段で売ってほしいな」という願いはあるはずです(希望小売価格)。その願いが叶えられそうなお店に営業するということがあれば、やはりそのことも同一価格になるための力として働くでしょう。しかし、それも規格があって相場が生まれるからこそ、そのような願いも抱けるようになるのです。
それでも、同じビールを遥かに高く売る店もあれば、驚くほど安く売る店も中にはあります。では、そういう店は、あなたのお店やライバルのお店と同じ業態のお店ですか? つまり、あなたのお店に来店する人と同じような人が、同じように利用するお店でしょうか? 恐らく違うはずです。同じビールの値段がぐっと高いお店は、たとえば女性が隣に座ってお酌をしてくれる店ではありませんか。あるいはジャズやピアノなどの生演奏があるとか。ずっと安く売るお店は、立ち飲み店や立ち食いそば店などではありませんか? そうであれば、その値段の差はビールそのものの価値の差ではなさそうです。
ここは「付加価値の正体」という話のコアの部分にかかわってくるので、詳しくは追って説明していきます。