6月7日に改正食品衛生法が成立しました。公布(6月13日)から2年以内に施行することになっています。今回の改正のポイントは以下の7項です。
- 広域的な食中毒事案への対策強化
- HACCP(ハサップ)に沿った衛生管理の制度化
- 特別の注意を必要とする成分等を含む食品による健康被害情報の収集
- 国際整合的な食品用器具・容器包装の衛生規制の整備
- 営業許可制度の見直し、営業届出制度の創設
- 食品リコール情報の報告制度の創設
- その他(輸入・輸出関係)
いずれも重要なものですが、とくに注目されているのは2の「HACCPに沿った衛生管理の制度化」でしょう。HACCPの導入は従来は任意でしたが、今後はすべての食品事業者に義務付けられることになります。
難しい/高コストとは限らない
世界でHACCPが注目されたのは90年代に相次いだO157に関連する食中毒事件からで、日本でも同様でした。1996年に厚労省所管で総合衛生管理製造過程(マルソウ)の認証制度がスタートしました。また、1998年に食品の製造過程の管理の高度化に関する臨時措置法(HACCP手法支援法)が成立し、HACCP導入に関して融資制度と税制面で支援が行われました。しかし、当初これらの制度が対象にしたのが、乳、乳製品、清涼飲料水、食肉製品、魚肉練り製品、容器包装詰加圧加熱食品(レトルト食品)であったため、大規模な食品工場のための手法のようなイメージが広がったことは否めないでしょう。
そのため、HACCPについてはとかく難しく考えられがちな傾向がありますが、考え方自体はシンプルなものです。つまり、製造のすべてのプロセスで問題が発生しそうな箇所すなわちハザードを洗い出し(HA=ハザード・アナリシス)、重点的に管理する項目(CCP=クリティカル・コントロールポイント)として整理し、ハザードを避けるように設備と手順を整えて、実作業と管理の記録もつける、というものです。
古い設計の既存の大規模な工場でこれを実現するには、設備を入れ替えたり配置を換えたりするため、実際、非常に大きなコストがかかるでしょう。しかし、小規模な工場や飲食店では、その規模に応じてコストの絶対額を抑えながら導入することは可能と考えられます。
昨年も紹介していますが、考え方については日本マクドナルドでいちはやくHACCPに取り組んでいた経験のあるコンサルタントのジーン・中園氏に概要を書いてもらった記事がありますので、参考になさってください。(※)
※該当記事の無料公開は終了しました。この連載原稿の元となった電子書籍ジーン・中園『これがHACCP工場だ!』(香雪社)をお読みください。
最初はアメリカでも不完全だった
私自身がHACCPの具体的な考え方に触れたのは、同氏の著書『日本品質の食品工場はこうつくれ!』(初版時の題「フード工場千夜一夜」を改題)に書かれたものが最初でした。1990年代前半のことで、まだHACCPの語が普及する以前でしたが、食品工場やレストランの厨房を見学する際の重要な手がかりとなる教科書となりました。
その後、1990年代の終わり頃、アメリカのフライドポテト工場を見学する機会がありました。これは日本ではマルソウ後のことでHACCPという語もだいぶ普及していました。そして、そのアメリカの工場の入口に、「この工場はHACCPを導入している」との表示があるのを見て、これがそれか、と感じたものです。
ところが、場内に案内されて歩いているとき、一緒に行動していたあるファストフードの商品開発担当者が「あれあれあれ? おいおいおい!」と声を挙げたのです。「ここはHACCP工場だって書いてあったよね?」と首を傾げています。何があったかというと、私たちは階段を昇るように案内されて、やがて、工場の高い位置に渡されたグレーチングの橋の上を歩くことになったのですが、これが製造ラインをまたぎこそしていなかったものの、かなりラインに近い位置の頭上だったのです。ラインと橋の間に遮蔽物も一切ありません。
食品が流れるラインの頭上を人が歩く。しかも閉じた廊下ではなく裸のグレーチングの構造物。食品の上に靴がある形です。さらに、そこを外来者が歩いている。外来者たちの靴底やポケットなど(私たちは筆記用具を持っていました)から何が落ちてもおかしくないという、非常にたちの悪いハザードであったわけです。つまり、当時は、HACCP発祥国でさえ、このような現場はあったわけです。
中国で見た理想工場
その後、これぞジーン・中園氏が記した理想工場に近いと感じた食品工場に出会ったのは、2010年の中国ででした。複数あり、1つは山東省の食肉工場でした。あと2つは広東省のうなぎ工場でした。この3つのうち2つは、日本の食品メーカーが建てて後に撤退して譲渡したものでした。つまり、すでに相当な年月が経っていた工場ということです。
最も特徴として感じたのは、外部から入る人は必ずいったん2階に上がってまた降りなければ場内に入れない構造になっていることでした。これにより、人が体に異物を不用意に着けたまま入場するリスクを減らし、外部と内部が直結することを避けて、汚染空気、異物、動物・虫類をシャットアウトするわけです。前述のアメリカの工場ではこれはなく、地上の高さのまま場内に入ることができたので、なおのこと印象に残りました。
また、ラインの構成に非常に驚かされました。全長100mを優に超える長大なラインが、物理的に一直線に進んでいるのです。ラインが曲がっているとプロセス途上の製品の滞留、衝突、異物混入、交差汚染等の原因となります。そのハザードたる曲がり角が全くないわけです。
たとえばこれら2つの設計というのは、ジーン・中園氏がそうあるべきという形で本の中で書いていたのですが、私はそれを理想として書いているもので現実にはないのではないかというように思っていました。それが、実際にはそのときの中国ではすでに当たり前にあったのです。
もちろん、入場前の更衣室、手洗い設備、エアシャワーの設置などもよく整っていて、従業員への指示、チェック体制も万全でした。
医薬品と同等の管理
かつてマルソウがスタートした頃、同制度が対象とする前述の乳、乳製品等をはじめとするもの以外の食品メーカーでは、GMP(Good Manufacturing Practice)に準拠した工場を造ろうという動きもありました。これは、戦前のアメリカでとくに製薬等について導入されていた管理手法で、HACCPと考え方を一にする、というよりもHACCPの手法に影響を与えたものです。
これがGMP工場かと理解したのは、前述の中国の食品工場を見る前に、日本で見学した医薬品と健康食品を扱うある製薬会社の工場でした。非常に堅牢な建物で、管理も極めて厳格なものでした。中国で見た工場はそれに近い印象があったので、HACCPとはGMPを食品について発達させたものだという風に理解するようになりました。
これら中国で見た工場とこの日本の製薬会社の工場のいずれもが重視していたのは、ハザードを避ける、重要管理点を徹底的に管理する、それによってそもそも問題を発生させないという考え方でした。最終的に出荷前の検品もありますが、それはプロセスに問題がないかを確かめるチェックの一つであり、前提はあくまでどの箇所でも問題を発生させないことでした。
NGワード「最後に検品するから大丈夫」
さて、中国の見学の後、それから間もない頃に、たまたま前述の製薬会社とは別のある製薬会社の工場を見学する機会を得ました。同社も医薬品と健康食品を扱い、素材メーカーとしても知られている企業であり、得意とする分野ではトップメーカーということで、ここでもう一度GMPの実際、HACCPと同等かそれ以上の手法の例を見ることができるものと楽しみにしていました。
しかし、その期待は大きく裏切られました。
まず、例によって更衣室で着替えてエアシャワーを浴びて入場します。ここは非常に整った設備でした。ところが、まず原料を扱う箇所から見るということで進んだゾーンで私は目を疑いました。マスク、キャップ、白衣姿の我々と作業者が見上げたのは、ハイキューブコンテナの車でも屋根がつかえないほどの高さのシャッターが全開になっていて、その開口部から丸見えになっている青空でした。つまり、そこは場外と同じ環境だったのです。
そこから着替えることなく(両ゾーンの間の往き来は自由でした)、先ほど通って来たゾーンに戻り、続いて一次加工を行う釜、その後の加工、という順で見学しました。その動線は一直線になっていないどころか、人も物も縦横無尽に動ける中で、人が考えて所定の位置へ進めるという管理が主体です。工場全体がスクランブル交差点のような印象を抱きました。
それで、案内役の人に、たまらず一言伝えました――「こういうのはまずいのでは」と。しかし、その人はいみじくもこう答えたのです――「最終的に検品をするので問題はない」。これは、HACCPの中での代表的なNGワードの一つです。日本の衛生管理・安全管理には、まだまだ伸び代がありすぎるようだと暗澹たる気持ちになりました。
この工場と同様の食品工場は日本にまだまだ多いでしょう。インバウンド、国内の少子高齢化に対しての海外展開・海外進出などなど、食の仕事の国際化の話題が絶えない昨今ですが、HACCPが不完全では日本製品は世界で通用しないということになるでしょう。HACCPへの取り組みには、我が国の未来がかかっているわけです。義務づけられたから取り組むのではなく、攻めの姿勢で取り組まれることを祈っています。
※このコラムは日本食農連携機構のメールマガジンで公開したものを改題し、一部修正したものです。