今年は後半になって学校給食の異物混入のニュースが注目されました。今回のコラムで扱う話題と直接関連するものと受け取られたくないので詳しくは記しませんが、夏休み明けに関東と九州で、毛髪、樹脂、繊維、虫、ビニール片、金属片などの混入があったと報じられました。その後も、同様の事柄の発生がいくつかの地方で報じられています。これらによって、消費者と調理・製造に携わる人との双方で、異物混入を心配するムードが再び高まりました。
再び関心が高まった異物混入
食品の異物混入については、食品工場での混入はまず考えられず、ほとんどは消費の段階で混入しているはずだという意見も発表されています。これには一理あります。食品工場と喫食の現場を比較したとき、異物混入を防ぐためのルール、仕組み、監視が前者にはあるのに対して、後者にはほとんどないからです。単純に考えれば、まず消費者を疑えという発想が出てくるのはうなずけます。
しかし、食品の専門家、とくに工場で生産したものを仕入れる立場であるバイイングに携わる人であれば、もちろん消費段階での混入の可能性は考えつつも、いちばん心配するのは工場や輸送段階での故意による混入でしょう。
たとえば、2007年12月から翌年1月にかけて冷凍食品の餃子から殺虫剤メタミドホスが検出された中国製冷凍餃子事件では、中国の工場従業員が故意に混入させたとして逮捕されました。動機は会社への不満や同僚とのトラブルだったとされています。
さて、これが引き金となって、食品と外食が一気に中国生産をやめて国産に切り替える流れが起きたわけですが、実は問題は中国という国・地域の問題ではなかったと、日本の市場は6年後に思い知らされることになります。2013年12月、国産の冷凍食品から農薬のマラチオンが検出され、結局、待遇に不満を抱いていた従業員が故意に混入していたことが判明するというアクリフーズ農薬混入事件が起こりました。
これらの事件では、小売チェーンのPB(プライベートブランド)のOEMも含まれていたため、直接の製造者以外の販売段階の各社のブランドを傷つける結果となりました。ですからこれらは、異物混入の防止について、製造者だけでなく販売者が強く警戒するきっかけとなった事件だと言えるでしょう。
ハードとマニュアルだけで押さえ込めるものではない
ところで、これらは混入されたものが毒物であったためにとくに注目されましたが、しかし食品の異物混入は毎年多くの報告があります。PIO-NET(パイオネット=全国消費生活情報ネットワークシステム)に寄せられた危険情報(危害を受けたわけではないが、そのおそれがある情報)では、2016年度では「異物の混入」が467件報告されています。これはすべての商品分類を含む数字ですが、「調理食品」「菓子類」「外食」などに関するものが多いと説明されています(国民生活センター〈2017年8月10日〉「2016年度の PIO-NET にみる危害・危険情報の概要」http://www.kokusen.go.jp/pdf/n-20170810_2.pdf)。そして、これは食品製造が工業化されてから常につきまとう、昔からの問題なのです。
たとえば、今日の清酒の起源として、江戸時代の醸造家に勤める者が主と口論となったのを恨み、酒桶にかまどの灰を投げ込んで逐電したところ、濁った酒が澄んで清酒となったとするものがあります。もちろん、真偽不明の伝説ではあるのですが、江戸時代の文献に書かれているので、その時代から従業員による異物混入の可能性は想定されていたことがわかります。そして、その発端に勤務先とのトラブルがあるというわけで、話の構造としては、中国製冷凍餃子事件やアクリフーズ農薬混入事件と同じなのです。
冷凍食品工場での両事件以来、食品メーカーでは食品の品質と衛生状態の向上に加え、テロ対策を含めて故意による食品の汚染や破壊を警戒・監視する「フードディフェンス」(食品防御)への関心を強め、それに関するマニュアル作りや監視カメラの設置など体制を整えてきています。
もちろん、その動きを仕入れる側、バイヤーたちは歓迎し応援しているわけですが、複数のバイヤーが口を揃えるのは、異物混入の報があった際に最も心配するのは工場内の人間関係や待遇が良好であるかどうかだと言います。
業務に関係のない物品を携帯したり、作業場内に持ち込んだりしないよう、建築、設備、作業着などが準備され、作業者同士の目が届くような設備の配置、動線、手順なども定められ、監視カメラも設置されているのが今日の優良な食品工場です。しかし、「本当に隠そう、完全犯罪を遂げようと考えた人にかかっては、絶対に防御できるシステムというのはないだろう」というのがバイヤーたちの見方です。
彼らによれば、結局、待遇がよく、人間関係も良好な職場を作ることが最大の防御だと言います。さらに、それは不断のカイゼンと新しいアイデアの創出にもつながり、そのベースがある生産者(食品工場や農林水産業の生産者)が全体的な意味で優良なパートナーになり得ると言います。逆に、異物混入があったときには、そこを疑われるわけですから、消費者の安全確保として当然である上に、会社の存続・成長のためにも、重視すべき事柄だと言えます。
もちろん、そのためにはバイヤーからの厳しすぎるコストダウン要求や仕様の強化に対しては毅然と対応するといったことも必要でしょう。
※このコラムは日本食農連携機構のメールマガジンで公開したものを改題し、一部修正したものです。