年末年始はごちそうが並ぶことが増えてうきうきとするものですが、介護の現場や高齢者のいる家庭ではぴりぴりとした緊張感が漂う頃でもあります。口を動かす力や食物を飲み下す力が衰えた高齢者が餅を喉に詰まらせたり、海苔が喉に貼り付いたりという嚥下事故が多発する時期であるからです。それらとくに事故の原因となりやすい食品を除いたとしても、ごちそうということで普段とは違う内容の食事を普段とは違う雰囲気の中で食べることは、高齢者本人も介護者も注意が足りなくなる場面が増えがちになりますから、誤嚥リスクはどうしても高まります。
咀嚼機能の衰え・嚥下機能の衰えに対応した食事
介護が必要な高齢者の食事でとくに問題になるのは、咀嚼(食べ物を噛み砕く)機能の衰えと、嚥下(飲み下す)機能の衰えと、それらにどう対応するかということです。
咀嚼機能の衰えは、歯が抜けたり入れ歯が合っていなかったり、また顎の筋肉の力が低下したりといったことが原因となります。これに対しては、機能の状況に応じて軟らかな食事を用意することになります。
嚥下機能の衰えについては、機能自体が複雑な上、正常に行われてるかどうかが外部からはわかりにくいので把握と対応が難しくなります。
ヒトの喉の奥では食道と気道が分かれる箇所があり、そこに喉頭蓋という弁のような器官があります。これは鉄道のポイントのような役割を持っています。普段、息をしているときはこの喉頭蓋が開いていて喉と気道がつながっています。ところが、そこへ食べ物や飲み物が下りて来た瞬間、喉頭蓋は絶妙のタイミングで閉じて気道に異物が入らないようにブロックして食道へ下りて行くようにするのです。
この喉頭蓋の動きが不十分だったり遅延したりすると、食べ物や飲み物が気道に入ってしまいます。これが誤嚥です。とくに高齢者では、老化、認知症、また脳梗塞などの病気の後遺症などによって誤嚥が起こりがちになります。若く健康な人の場合は、仮に誤嚥を起こしても激しくむせたり咳き込んだりして、体が異物を吐き出すように働きますが、体力の衰えた高齢者ではそうした反射が不十分で気管に異物が残り、それによって肺炎を起こします。これが誤嚥性肺炎です。
このように嚥下に障害がある場合には、食べ物や飲み物にトロミをつけて、飲み込んでから喉頭蓋の部分に達するまでの時間が短くなりすぎないように調整するといった対応をとります。とくに水、お茶、ジュースなどの飲み物やスープ、みそ汁などは、通常の状態では誤嚥を起こしやすいため、増粘多糖類などのトロミ剤を使ってトロミをつけます。トロミの強さは、嚥下機能の状態によって軽度のフレンチドレッシング状から重度のマヨネーズ状まで調節します。
介護食に基準を作ったユニバーサルデザインフード
このように、高齢者の介護の現場では、食事を咀嚼機能の状態や嚥下機能の状態に合わせて用意する必要があります。それを介護食などと言いますが、実際に介護に携わっていない人は介護食は一種類であるように思いがちです。しかし、現場では下表のように呼び分けているものです。
介護食の分類の例
種類 | 特徴 |
---|---|
きざみ食 | 食べ物を小さく刻んで食べやすくした食事 |
軟菜食(ソフト食) | よく煮込んだり茹でることで柔らかくした食事。舌でつぶせる硬さである食事 |
ミキサー食 | ミキサーにかけて液体状にした食事。誤嚥を防ぐためにトロミ剤でトロミをつけることもある |
嚥下食 | 柔らかく調理したものをミキサー等でペースト状もしくはゼリー状にした食事 |
流動食 | 液状のおかずや重湯(粥の上澄みの液) |
しかしながら、この分類も「刻む」「ミキサーにかける」といった作業による名称と「嚥下食」「流動食」といった状態による名称が混在しており、分類としてまだこなれた段階には達していない印象があります。
さらに、介護に携わる人に聞くと、実際の食事の準備の仕方は、喫食者、作業者、現場ごとに実にさまざまであるということです。手作りの食事は、食べる人の好みに合わせ、手に入る材料に合わせ、作る人の技量に合わせ、さまざまなものが出来ます。それが、介護食となると、食べる人の咀嚼機能、嚥下機能の状態や、認知機能の状態まで、別なファクターもからんで来ますから、出来上がるものはさらに多様になります。
そのため、介護食のノウハウは現場ごとにばらばらで、知識や知恵が広く共有されにくい状況があります。それに対して、共通の基準を設定するなどの標準化が行われれば、知識や知恵を現場間で伝えやすくなり、また食品工業で作った製品も採り入れて現場の作業を軽減するということもしやすくなります。
そこで、2002年に食品メーカーなどが集まって日本介護食品協議会を設立し、介護食の食べやすさ、使いやすさなどについての規格を定め、「ユニバーサルデザインフード」(UDF)として発表しました。
ユニバーサルデザインフードには、食品の硬さを区分として分類し、「容易にかめる」「舌でつぶせる」といった実際の食べ方がわかる言葉と共に示す表示基準も設定しており、使う人にとってもわかりやすいものです。
厚生労働省所管の特別用途食品制度では、従来「高齢者食品」や「そしゃく困難者食品」を同制度の中に含めていましたが、2009年以降はこれらを制度対象から外し、業界自主基準であるUDFがこれに替わることになりました(「えん下困難者用食品」は特別用途食品制度対象)。
しかし、厚労省所管の制度から除外されたためか、今度はこの分野に農林水産省が参入して来て、2014年に「スマイルケア食」というものを発表しました。これはUDFとは別の基準で食品を分類しており、表示の仕組みも新たに設定しています。ところが、UDFは基準の根拠として数字や客観的な状態を詳細に記述していますが、スマイルケア食はイメージ的な表現が中心で、表示者の考えで自由に表示できることになっています。このため、介護の現場ではわかりにくいなどの声が聞かれます。
これに対して、「スマイルケア食」はUDFの表示基準との対照表を用意しています。また、関係筋によれば、介護の専門家に浸透しているUDFに対して、「スマイルケア食」は一般消費者向けとして小売業への展開に注力していくといった考え方もあるそうです。
農水省としては、介護食品市場の拡大によって農林水産業の活性化につなげるという趣旨で取り組んだということですので、混乱によって市場が縮小したり、あるいは誤用等による事故につながるようなことだけはないようにして欲しいものです。
※このコラムは日本食農連携機構のメールマガジンで公開したものを改題し、一部修正したものです。