食品流通は築地型から長野型へ

築地市場の豊洲移転問題がやや暗礁に乗り上げそうな様相を呈しています。この背景には、仲卸を中心とする個々の事業者の経営上の事情もありそうですが、ここにきて新市場の建築と構造を問題だとする論調も現れてきています。筆者は文書の資料に触れただけで、豊洲の現場を実地に見聞していないので確定的なことは言えませんが、おそらく、効率、衛生、安全を担保する食品のハンドリングの最新のノウハウや規格の周知や理解が進んでいないことも、議論なり決断の妨げになっているように見受けられます。

 実際にこの問題がどのような決着を見るのかは今のところわかりませんが、いずれにせよ、このことは一方で水産物の新しい流通への期待を高めるように思われます。

全国の産地に情報網を持って荷を動かす

築地市場。いったん荷を一カ所に集めてコントロールする方式の物流の代表的な拠点だったが。
築地市場。いったん荷を一カ所に集めてコントロールする方式の物流の代表的な拠点だったが。

 今から約3年前、2013年11月に食品問屋の三菱食品株式会社と水産加工品等を扱う株式会社マルイチ産商という会社が包括業務提携を締結しました。従来、ドライグローサリー(常温流通の各種の食品)を中心に展開してきた三菱食品が、チルド(冷蔵)やフローズン(冷凍)の水産物の取り扱いに本腰を入れるということで、取引先であるスーパーマーケットや他の食品問屋から注目されました。

 これまでに三菱食品がマルイチ産商との提携でまず強化しているのは、鮮魚コーナーに陳列する魚介類や水産加工品ですが、これは折々の各地の水揚げ状況と個々のスーパーマーケットの店頭でのニーズを勘案してセット化した荷を配送する形が主体となります。

 一方、そうざいコーナー向けの食材としての水産加工品も取り扱いますが、これの目玉の一つは一度も冷凍していないフライです。たとえば、アジフライなどについて言えば、従来は水揚げして冷凍、それを解凍して衣付けして再冷凍というように最低でも2回の冷凍・解凍を繰り返すもの(ダブルフローズン)が一般的ですが、これは食材の味が抜けて味を落とす原因となります。これに対して、水揚げ後、チルドで工場まで運び、衣付け加工後もチルドで店舗まで運ぶという仕組みを確立していることが特徴です。

 このどちらの商品も、高度に情報化を進めた物流網があって実現する仕組みだということを押さえておきたいと思います。

 水産物というのは、数ある食品の中でも最も傷みの早い種類のものだと言えます。その流通は、獲れると同時に運び始めて着荷と同時に消費されるような形になるとベストですが、魚介はいつどこで何が獲れるか、獲れてみなければわからないと言います。また、消費サイドのニーズも季節、天候、行事、テレビなどによる突発的な流行などによって刻々と変わり予測が難しいものです。そこで冷凍して滞留させながら流通する仕組みが出来たわけですが、それによってダブルフローズンなどによって品質が犠牲になってきたわけです。

 ところが、マルイチ産商の場合、全国各地の漁港に情報網を張り巡らせています。そして、その日朝何の水揚げがどれだけあったといった情報を逐一全国から収集し、それらをどこへどのようにどれだけ運ぶかを迅速に指示を出していくのです。そして、小売サイド、消費サイドの情報は三菱食品によって強化されるわけです。

情報は集めるが荷は産・消を直結

 なぜマルイチ産商はそのような情報網を持っているのでしょうか。それは、同社の本社所在地が長野市の市場内と聞けば想像がつくでしょう。同社は、昭和2(1927)年に長野市内に開業した鮮魚店が発祥で、昭和26(1951)年に長野中央魚市場を創設しました。いわゆる「海なし県」でいかによい魚介を仕入れて供給するか。それには「待ち」ではなく「攻め」すなわち産地へ向かっていく体制が不可欠だったと言います。産地でないからこそ情報に貪欲で、また遠距離を運ぶことが前提となりますから、産地近くで消費する場合よりも素材の目利きは厳しく、また当然物流のノウハウも蓄積していくことになったわけです。

 この下地があって、こんにち同社は全国的に水産物を動かす企業となりました。その物流は全国各地の漁港と全国各地の加工場と全国各地の消費拠点(店舗)を臨機応変に結びつける形のもので、文字通り物流“網”と呼ぶにふさわしいものです。これは、全国からいったん東京港の中のある地点に水産物を集めてから都内と周辺各地へ送り出す築地(ないしは豊洲)式の物流とは対極的だと見ることができます。マルイチ産商式の場合、集めるのは情報だけで、荷はそれぞれの拠点同士を長野市とは無関係につなぐのみです。これは、ある県の魚市場が日本全体を覆うバーチャルな市場となって全国的に荷を扱うようになったとも見ることができるでしょう。

 昔は目で見て触って判断して売買を決めるために荷を一カ所に集める必要があったわけですが、的確に目利きを分散して情報網を構築すれば、情報だけをやりとりして、荷自体は産地から需要地へ、築地のような場所を物理的に経由することなく直接運ぶのが合理的です。今後もこの流れは太くなっていくでしょう。

 さて、青果等の農産物はこの流れを先取りしていると見る人もいるでしょう。確かに、東京をはじめ大都市の青果市場の取り扱い量は減ってきていると言います。産地から需要地へ直接荷を動かすことは農産物でももちろん進んではいます。ただ、その流れの全体をマルイチ産商のように把握し動かそうとと努力している流通の主体はあるでしょうか。農産物の場合、栽培のスタートから収穫までは何週間〜何カ月かがあるわけで、いつどこで何が出荷されそうかの予測は水産物よりも立てやすそうですが、情報の流れは多数の生産者、多数の流通業者、多数の需要者・販売者がそれぞれに場当たり的にこなしているのがメジャーな部分でしょう。果たして青果のマルイチ産商に当たる企業は台頭してくるでしょうか。

※このコラムは日本食農連携機構のメールマガジンで公開したものを改題し、一部修正したものです。

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About 齋藤訓之 398 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所特任研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →