出来上がったジャパニーズ・カクテルの色は、やや赤みが強かった。アンゴスチュラ・ビタースではなく、オリジナルどおりにボガーツがあればと思う。生産中止となったそれを再現する方法は伝わっているが、それを試そうと思えない事情がある。
再現可能なジャパニーズ・カクテルのレシピ
味のレポートを書くつもりが、前回は余談で終わってしまった。気を取り直してジャパニーズ・カクテルのレシピのおさらいから始めよう。
J.トーマスのレシピを現代の復元用に直すと――アンゴスチュラ・ビタース1/2tsp、オルゲート・シロップ1tspとブランデー2oz、レモンピール1~2片を、氷を1/3ほど入れたタンブラーグラス(バーで8タンとか10タンと呼ばれるジントニック等に使われる細長いものではなく、オールドファッション・グラスに近い250ml~350mlのもの)に入れてスプーンでよくかき混ぜる。
一方、J.トーマス・オリジナルから半世紀後のサヴォイ版では――アンゴスチュラ/アマレット(クレーム・ド・ノワイヨーで代替)/コアントロー/オルゲートを各2dash、ブランデー1.5ozをシェークしてカクテルグラス――ということになる。
有名なパリの「ハリーズ・バー」のハリー・マッケルホーンはアンゴスチュラを少し減らしてマラスキーノ・チェリーを添える、とか、1910~20年代のサンフランシスコで「カクテル・ブースビー」として名を馳せたT.ブースビーのアンゴスチュラとオレンジビタースを両方使うといったバリエーションは、ここでは割愛する。
参考までに、最新情報を元に現在のレシピを精力的に更新しているうらんかんろ氏の「【全面改訂版】カクテル――その誕生にまつわる逸話」によると、現在のジャパニーズ(ミカド)カクテルにはロングとショートがあり、戦前レシピと比較しやすいショートの場合、ブランデー(またはコニャック)40/ライムジュース(シロップが加わるのでコーディアルではなく、フレッシュと推察される)10/オルゲート10/アンゴスチュラ2dashをシェークするのが現在の一般的なレシピだという。
アンゴステュラ・ビタースのために赤みが強いか
さてさて、いざ試そうという段になって、紹興酒を忘れていたことを思い出して慌てて近くのスーパーまで買いに行く一幕の後、ようやく「実験」を始めた。
アルマニャックを大匙4杯、アンゴスチュラを小さじ半分にオルゲートを小さじにすり切り1杯。なにやらサバの煮つけでも作り始めそうな感じだが、当人はいたって真剣だ。
ここにレモンの皮をなるたけ薄く切ったものを2枚、捻って香りをグラスに飛ばしてから入れる。氷と一緒にカラカラと混ぜることしばし、出来たものをグラスに注いだ紹興酒と並べて写真を撮ってみる。
ベースの色はアルマニャック――というかブランデーも紹興酒も変わりはない。ところが、アンゴスチュラは瓶に入っているときは褐色だが、希釈すると赤が強くなる。ここはボガーツ(正しくはBoker’s。トーマスのカクテルブックも改訂版ではボーカーズに訂正している。第55回参照)がほしい。オリジナルに使われていたボーカーズも禁酒法のあおりを受けて生産を中止しているが、1883年に成分を解析したロバート・ハルダインによれば、カルダモンとドライ・オレンジピール、カシア(コルク層付きで乾燥させた肉桂)を含む5種類の素材を強いウイスキーに10日間浸漬してウスベニアオイで色を付ければボーカーズ・ビターが出来るという。
ボーカーズ・ビターの再現は筆者がレシピを知ったのが締め切り直前だったこともあって今回は断念するが、ウスベニアオイは日本でもハーブティー(マロウブルー、ブルーマロウ)として販売されており、お湯で抽出すると最初は鮮やかなブルーが発色し、やがて淡い茶色に替わるという。アルコールで常温抽出した場合や、他の原料の発色との兼ね合いが現段階では判断できないので、これを使用した場合の紹興酒との色の相違をお伝えできないのが残念だが、本稿が電子出版される迄には再現して写真も掲載する予定なので続報を待たれたい。
昭和11(1936)年の「大日本基準コクテール」の「尚ボーカース・ビタースはアンゴステュラ風のビタースである」という記述と、禁酒法で失われたボーカーズを知っていたはずの戦前の欧米バーテンダーたちがカクテルブックを書く際に、ホステッターやアボッツ、ペイショー等あまたのビタースが使える中で、そろってアンゴスチュラを指定していることを励みに、次のステップに進むことにしよう。