さる4月20日と21日、ベルサール渋谷ガーデンにおいてTokyo International BarShow 2013(以下TIBS2013)が開催された。37社134ブランドが結集した会場には2日間で8300人の観客が訪れ、日本最大のスピリッツ・イベントを楽しんだ。2000年にわずか600名でスタートしてから12年が経過し、2日目の雨天のなか長い行列が出来る情景には、まさに隔世の感があった。
バウチャー試飲の目玉は「ホワイト・ボウモア」
今回は大規模なシステムの変更があった。昨年までのセミナークラスが廃止され、無料イベントが大幅に拡充されたので、このイベントを企画・運営しているドリンクス・メディア・ジャパンに変更の事情をうかがうことから今回の取材を始めた。
同社によれば、年々来場者が増加する中で、前回(「『Tokyoインターナショナル・バーショー』レポート(1)参照)会場となった六本木よりも大きなキャパシティが必要になった。ところが、本会場に必要な規模を確保した上でセミナーのための別室も確保できる会場がなかったことが、今回の変更の最大の理由だという。また、毎年多くのセミナーを期間内に開催してきたためにセミナーの内容が似通ってきたことも判断材料になったという。
今回、オープンな会場の一角で行う無料セミナーとした結果、「通りかかる他の来場者にも講義の内容が見えるため、より多くの人に伝わり、各社の担当者も手ごたえを感じていただけたと思う」ということだ。
イギリスで開催されているバーショーに範を取ったプレミアム・ボトルのバウチャー試飲制度もすっかり定着した感がある。
今回の目玉はバウチャー15枚(3000円)のホワイト・ボウモアだ。日本への割り当ては90本限定で、1本45万円で販売されたもののすでに完売している。そのため、ここの会場でしか飲めないということで、高額にもかかわらず初日で2本目が空きそうになっていた。
会社によって違いはあるが、だいたいの目安としては酒販店で1本15000円ぐらいまでのものは入場料金5000円を払えばバウチャーなしで試飲することができる。年数的にはだいたい15年物までがこの範囲に入り、20年を超えるものでバウチャーが1~2枚、30年物以上になると5枚~といったところだろうか。この“価格”にはインポーターの意向が反映されるので、筆者が試飲したグレンリベットの38年はバウチャー2枚(400円)だったが、「バーで飲めば1杯5000円前後では?」とのことだった。
ジャパニーズの秘密・ミズナラ樽の発祥
有料セミナーとしては、蒸溜所による講話のほかに、4人のバーテンダーが自らのカクテル・テクニックを披露するという形式が「バー・アカデミー」という名称で今回新たに開設された。
筆者はまず、ニューヨークのバーのオーナーであるジム・ミーハン氏のクラスを受講して最近のニューヨーク・カクテル事情を聞きながら、カクテルをいただいた。彼のバーは、禁酒法時代の“スピーク・イージー”(もぐり酒場)をコンセプトにした「Please Don’t Tell」(口外無用)という面白い名前の店だ。
提供されたカクテルは唐辛子(?)のスノースタイルで、前回TIBS2012のセミナーで「インフュージョン」(浸漬)を説明した後藤健太氏(米国「Pegu Club」)が伝えたハラペーニョブームは今も続いているらしく、最新のトレンドの一つに「(青)唐辛子」があるのかもしれない。
筆者が受講したクラスでもそうだが、ミーハン氏の話が佳境に入るころ、後ろでは人数分の材料と唐辛子でスノースタイルにしたカクテルグラスがそろえられ、カクテルの説明に入ったところで観客の後ろで3名のバーテンダーがシェーカーを振り始める。彼が壇上で作ったカクテルが完成する頃、客席には同じレシピで作られたカクテルが席に届くという具合だ。
筆者はこのイベントの裏側を取材したことはないのだが、気が遠くなりそうな打ち合わせと準備が行われていることは想像に難くない。
これは余談になるが、最近のテキーラを筆頭とした“暑い国の酒”の隆盛ぶりは日本だけでなく世界のトレンドのようで、ニューヨークを中心に発信されるさまざまなニュースでもテキーラ、ラム絡みのものが多い。筆者が愛してやまないウォッカやジン、旧東欧圏の地酒である各種のフルーツブランデーにも一層の奮起を期待したいところではある。
次にサントリーで以前主席ブレンダーを務められていた古沢俊哉さんに同社のブースでお話をうかがった。サントリーの“顔”としてはチーフブレンダー輿水精一さんが有名だが、サントリーのブレンダーはもちろん彼一人ではない(今回は輿水さんもいらしていたようだが、お目にかかれなかった。なにせ会場が広いうえに1階と地下1階に会場が分かれており、目まぐるしく人が行き交うため、講演やセミナーで登壇する人以外は動静が把握しにくく、帰宅後にFacebookを見て「あれ、あの人も来ていたのか」と思うケースは珍しくない)。
さまざまなイベントでお見かけするものの、お話しするのは初めての古沢さんにうかがったのは、最近バーテンダーの話題によく上る、「響」で一躍脚光を浴びたミズナラ樽の件だった。ミズナラ樽で長期熟成をすることで伽羅(沈香と呼ばれる香木の高級品)や白檀(やはり香木の一種)に似た香気を持つ。「響」の他にも「山崎」12年と18年にミズナラ樽の原酒が使われていることは、バーテンダーの方もご存知かもしれない。これがジャパニーズ・ウイスキーの特徴として、日本のみならず海外でも評価が高い。
古沢さんによれば、当初ミズナラは望んで使ったものではなかったという。戦後しばらくの間、外貨規制があったことに話は始まる。戦争で人も技術も失った終戦直後の日本に外貨を稼ぐ力はなく、乏しい外貨は日本復興に充てねばならなかった。そのため、海外から購入できる品目を厳しく制限していた時代があったのだ。もちろん「ウイスキーを熟成させるための樽や木材」が、貴重な外貨を使う海外購入リストに上がるはずもなく、壽屋(現サントリー)のクーパー(樽職人)やブレンダーは国内のどこかからヨーロピアン・オークやホワイト・オークの代替品を探してこなければならなかった。そこで選ばれたのが欧米のオークと同系で、北海道など国内に産するミズナラだった。
しかし、代替品はあくまでも代替品。樽材としては強度に欠けるうえに漏れやすい。熟成当初はクセのある樽香が出てしまい、ブレンダーの悩みの種だったことがサントリーウイスキー蒸留所公式ブログ(※)にも書かれている。だから、長期熟成特有の価値がわかって脚光を浴びている現在では貴重品となったミズナラ樽も、戦後しばらくは、かなりの数が使われていたという。その後、外貨事情の好転に伴ってミズナラ樽は輸入されたオーク樽に取って代わられたことも現在の数が少ない理由だという。
※ウイスキー樽の話 大器晩成型? 独特な味わいを生み出すミズナラ樽
http://yamazaki-d.blog.suntory.co.jp/000066.html
ちなみに、耳よりな情報を披露しておくと、1970年の大阪万博開催の折、サントリーは記念ボトルを発売している。いったいにブレンデッド・ウイスキーはオークションでもさほど評価が高くなく、ものにもよるが国産の場合1000~2000円台で落札できることが多い。記念ボトルには数タイプあるようだが、首の部分やラベル下部に「特級」表示がある、より古い樽すなわちミズナラ樽のそこそこ熟成したものを使用した可能性が高いものでも1000円前後で落札されているのを見かけたので、興味がある方はオークションなどで探してみてはいかがだろう。
なお、サントリーは今回のTIBS2013にはいつも以上に力を入れていて、体育館ほどの広さがある地下1階会場の片側をすべて使って、おなじみの「響」「山崎」「白州」だけではなく、ハイボールのランクアップを狙った「プレミアム角」(43度)から「ミドリ」を使ったカクテルに至るまで14のブースを出展していた。
バーショーと言うと、つい「熟成××年で、いくらのプレミアム・ウイスキーが……」という方向へ話が行きがちだが、同じスピリッツ系イベントの「ウイスキー・フェスティバル」(主催:スコッチ文化研究所)や「モダン・モルト・ウイスキー・マーケット」(主催:三陽物産)と比較して、TIBSはカクテルやリキュールなど間口が広いので、もっと広い会場を使い、入場料(1日5000円)を下げる代わりにプレミアム系のバウチャー価格を見直すという選択肢もあるのかな、と個人的には思った。