5月5日・6日の両日、東京・六本木で「Tokyoインターナショナル・バーショー + ウイスキーライヴ 2012」が開催された。2000年からの「ウイスキー・ライブ」にカクテルが加わって進化したイベントのレポートをお送りする。まずは、洋酒イベントの歩き方・利用のコツからお伝えする。
「ウイスキー・ライブ」にカクテルが加わって進化
2000年10月に産声を上げて以来、11年にわたって日本全国のウイスキー・ファンを楽しませてきた「ウイスキー・ライヴ」。このイベントのために全国から集まってくる熱烈なファンに支えられてきたアジア最大のプロジェクトが12年目を迎えて、その方向性を大きく変える舵を切った。
従来の「ウイスキー・ライヴ」単独開催から、初回にしてアジア初となる「Tokyoインターナショナル・バーショー」(TIBS)を新たに加えたことに伴い、カクテルを大幅に取り入れる新機軸を打ち出した意味でも、2012年は大きな節目になる年となった。
今回は従来のウイスキーのコアなファン向けのイベントから新たな飛躍のために準備されたさまざまな新企画を中心に、2日間のイベント期間中に足で稼いだ取材結果をレポートする。
「バーに興味はあるが気後れがする」とか、「ハイボールをきっかけにウイスキーを飲み始めたが、もう少し本格的な楽しみ方を試してみたい」という方もおられると思うので、コアでディープな話を始める前に、まず初心者目線に立って「バー関連イベント」に行く際の“心得”から書き始めることとしたい。
水と食料の確保を忘れずに
六本木ミッドタウンの会場入口でチケットを提示して、いかめしい「ご入場にあたっての注意事項」という紙に必要事項を書き込んで場内に入ると、国内ウイスキー・メーカーと輸入代理店をはじめとした40を超えるブースが来場者を待ち受ける。ステージ上ではフレア・バーテンディング(シェーカーを空中で操りながらカクテルを作るパフォーマンス)をはじめとするさまざまなイベントが2日間にわたって楽しめる趣向になっていた。
バー関連のイベントに行く前には、まずやっておかねばならないことがある。水と食料の確保だ。いや、これは冗談や脅しではないし、無人島の上陸案内と間違ったわけでもない。タイ・フェスティバルやオクトーバー・フェスト、各国各県の物産展なら会場内で簡単に確保できるものが、ことウイスキーを中心としたイベントでは事前に必要となってくる。とくに初心者は焼きそば片手に缶ビールを飲みながら……という祭りの夜店とウイスキー関連のイベントは全く違うものと心して掛からなくてはいけない。
ブースで声を掛けてくるコンパニオンの美貌に見とれて、彼女たちが差し出す40度を超えるウイスキーやラム、ウォッカの小さなプラスチックカップを薦められるままに干していくと、1時間もしないうちに足元が怪しくなってくる。これを防ぐために小さなミネラルウォーターのペットボトルと、チャック付きのピーナッツやドライフルーツを事前に準備しておく。今回のTIBSでも百種類を超えるウイスキーが無料試飲できる一方で、会場内で口にできる食べ物は、函館のカール・レイモンが出していたベーコンとソーセージしかなく、来場者が殺到していた。
バッグかポーチに余裕があれば小さなティスティング・グラスも忍ばせておきたい。とくに今回のTIBSでは熟成年数20年を超えるウイスキーが何本も無料で試飲できたのだが、これをプラスチックの試供品カップで試すのとティスティング(スニフター)グラスで試すのとでは味も香りも違ってくる。
喫煙者は喫煙場所の確認も必要だ。また、洋酒系のイベントは圧倒的に立席の場合が多いので、駅から会場まで来る間に、座って一息つける喫茶店もチェックしておきたい。
目的をはっきりと
会場で酒を口にするとき、必携なのがデジカメ。これは持ち込みが許されている。また、あると重宝するのが小さなメモ帳だ。試飲の過程で「これは」と思う銘柄が見つかったときは面倒でも「ラベル(瓶ではない)」を撮影しておく。ピンボケでも手ブレでも構わないからラベルを画面一杯に撮ることが肝心だ。こうしておけば、持ち主(読者)は酔っぱらって忘れてもデジカメやメモ帳は律儀に銘柄を覚えていてくれるから、帰ってから自宅のパソコンでチェックしてメーカーや代理店のWebサイトに飛べば、正しい名称も価格もわかる。メモ帳があれば、簡単な味の特徴も書けるというわけだ。
最もありがちな失敗は、各社のブースをのぞいていちばん年数の高い無料試飲ボトルを片端から試していくことだろう。広い会場内を歩きながら次から次へと試していく、通常とは全然違う飲み方になることを忘れてはいけない。食べ放題で“元を取る”式の飲み方をしていると、その場では銘柄を覚えた気になっていても、帰るころには「なんだか高い酒をたくさん飲んだけど、どれがどれだか覚えていない」というはなはだ残念な結果に終わる。
とくにバーテンダーの方の場合、目的をはっきり持つこと、つまり「お店に仕入れる、ちょっといい酒」を選びに来たのか、お客と話すときに「あれ、こんな味でしたよ」と言うためのスーパー・プレミアム・ウイスキーを試しに来たのかによって、試飲の仕方が変わってくる。
前者の場合、ブースにいる係の方に、スタンダードとお目当ての銘柄の2つを頼む。お店で飲みなれたものとどこがどう違うのかを較べて、はっきり違いがききわけられるものを自分のお店の仕入れ価格と相談していくことになる。味の感想はアバウトで構わない。店にあるスタンダードとハッキリした違いさえあれば、あとは「100点満点の○○点」くらいの採点をして次にトライする。なにせ数をこなすことも肝要だから。
休憩とリフレッシュが大切
これが山崎30年や竹鶴25年、バランタインの30年などのバウチャー(会場内で売っているスーパープレミア・ボトル試飲用チケット。写真参照)を使うものになると、よほどのことがない限りお店には揃えられないので、アプローチも異なってくる。ラベルを撮影することはもちろんだが、味の特徴をできるだけメモに書き出しておく。できればこの辺を試す前には会場からいったん外に出て一休みするなり、喫茶店で一服するなり、ワンクッション置くことが望ましい。
以前、国内の何社かのメーカーで、ウイスキーの味を決めるブレンダーの方々からお話をうかがったことがある。彼らもティスティングのときには頻繁に休憩を取る。
現代人の嗅覚は、著しく退化している。シカやイノシシを追いかけていた古代人は、オオカミや熊の気配と臭いに敏感でないと命が危うかっただろうが、今はそんなことはないので当然と言えば当然だ。だが、さらに問題なのは、ただでさえ退化している嗅覚がウイスキーに「慣れて」しまうことだ。あるメーカーのブレンダーは、エステル香(ウイスキーの中心になる香り)に鼻が慣れてしまうのを避けるために、ウイスキーとは全く別の香りを嗅いで嗅覚をリフレッシュすることもあると話していた。
加えて、洋酒は上級品になればなるほど口の中で華やかに広がってスッと喉を滑り落ちていく方向に収斂されていくから、味が似てくることになる。極論すれば、長期熟成のコニャックと30年越えのウイスキーは味の性格が似てくるのだ。
本職の方でさえ1時間に1回は休憩しないと香りを的確に表現できなくなるそうだから、我々もスーパー・プレミアム・ウイスキーにはそれなりの敬意と余裕をもって接したい。店に来るお客から「響30年、どんな味だった?」と聞かれて「え……と、おいしかったですよ。他にもいろいろ飲んだから味はよく覚えてないですけど」では、入場料に加えて払ったバウチャーの元も取れないことになる。