食品に放射線を当てて滅菌を行う食品照射について話している2人。リョウは、照射した食品中に不都合な物質が出来たり食品が放射能を帯びたりするのではないかが気になっている。
シクロブタノン類の発がん性は?
リョウ 「来たか。ごくろう」
タクヤ 「先週お休みしちゃいまして、2週間のご無沙汰です」
リョウ 「ばかもの。無断欠勤の罪は重いぞ。なぜ休んだ」
タクヤ 「は。北遥が多忙でして」
リョウ 「言い訳したり、ひとのせいにすると、Twitterで炎上するぞ」
タクヤ 「いや、ひとのせいにしてるのは北遥じゃないですか」
リョウ 「いいから読者様に謝れ、オレも謝るから――ほんとにすみません」
タクヤ 「ごめんなさい」
リョウ 「というわけで、先々週」の続きだが。食品に放射線当てる食品照射について、お前は大丈夫だ安心だと言ってたけど、そこをオレがつつこうというわけだ」
タクヤ 「お手柔らかに」
リョウ 「食品に放射線を照射すると何かの物質が出来るということはあるけれど、他の調理加工等でも出来る類のものだ、というのがお前の説明のだいたいのところだったな」
タクヤ 「はい、だいたい」
リョウ 「ところが、他の調理加工等では出来ないけれど、放射線照射では出来ちゃう物質が実はあると、これお前自身が言ったわけだが」
タクヤ 「『放射線特異的分解生成物』というやつで」
リョウ 「それがやばいんじゃないかと聞きたかったわけだ。説明してみぃ」
タクヤ 「その物質というのがシクロブタノン類、細かく言うと2-ドデシルシクロブタノン、2-アルキルシクロブタノンとあるようでして。とくに脂質の多い食品への照射で出来ると」
リョウ 「シクロはベトナムの輪タクだ」
タクヤ 「関係ありません」
リョウ 「シクロに豚乗るはやばくないのか。人体になんか悪さをしてくれちゃうんじゃないのか?」
タクヤ 「(聞いてないし)これについてドイツ国立栄養生理研究所の研究グループが、実験で一本鎖DNAを切断することが観察されたと、1997年に発表しました」
リョウ 「一本鎖DNAって何?」
タクヤ 「DNAって、二重螺旋構造って教わったでしょ。それの二重になってないやつ。ややこしいのではしょりますが、とにかくある形のDNAを切断することが観察されたので、変異原性がある、つまり発がん性があるんじゃないかと疑われたわけです」
リョウ 「じゃ、だめじゃんシクロ豚」
タクヤ 「ただし、ビタミンCや、ソバのポリフェノールで有名なルチンや、化粧品や界面活性剤などに使われているパルミチン酸という物質などでも、同じようなことは起こるそうです」
リョウ 「なんだ、そうなんだ。でもそれ、よくあることだから気にするな、というわけ? ドイツ人は大まじめで発表したんだろ?」
タクヤ 「ただ、これを発表した人も、この結果をもって規制・基準の判断をしろということではなくて、完全なリスク評価をするには、もっとたくさん研究しなくちゃという意見があることには賛成ですよと言ってるんですね」
リョウ 「じゃ研究しなくちゃ」
タクヤ 「なので、各国の研究者が遺伝毒性試験をやりました。で、2003年にWHOが声明を発表しています。それによると、『現時点での科学的エビデンス、これには長期間の給餌試験を含みますが、2-ドデシルシクロブタノンと2-アルキルシクロブタノンは、一般に消費者に健康リスクをもたらすようには見えない』ということです。声明の原文はこちらにあります」
リョウ 「うわ。英文めんどくさ。およそのところ何が書いてあるんだ?」
タクヤ 「そうですね。かいつまんで言うと、まず、食品照射で出来るシクロブタノン類はそもそも微量だということです。しかも、出来た物質の安定性も考えると、生の食品よりも低い可能性があるじゃんと」
リョウ 「あれま」
タクヤ 「あと、実験手法の問題とか、他の方法での研究とかに触れています。で、シクロブタノン類の毒性というのはあったとしても非常に低いか無視できると判断できると言っています」
リョウ 「それで終わりか」
タクヤ 「WHOはこいつの毒性・発がん性の研究を引き続き奨励しますよと言っていますね。で、潜在的な公衆衛生上のリスクを示すエビデンスが出た場合はリスクアセスメントを再開しますよとも」
リョウ 「安全宣言ではないのか」
タクヤ 「そうですね。でも、昔から身の回りにある食べ物で、『これ、絶対毒ありません。いくら食べてもがんになりませんよ』と太鼓判押されているものなんて、ないわけで。その程度のものだと、私は受け取りますが」
食品が放射能を帯びることはないのか?
リョウ 「そんじゃまあ、シクロブタノン類はとりあえず心配しないことにしてやるとしてだ、あと気になるのは、食品照射すると食品が放射能を帯びるということは、ないのかね?」
タクヤ 「食品照射は放射線を当てるのであって、放射性物質を浴びせるということではないという話は、前にしましたよね」
リョウ 「それはわかった。蛍の光を当てるのであって、蛍を振りかけるわけではないってことだったよな。でもだな、放射能のない普通の物質でも、それに放射線当てると放射性物質になっちゃうっていうことがあるんじゃないのか?」
タクヤ 「放射化ってやつですね」
リョウ 「どうなのそこ」
タクヤ 「まず、放射化が起きやすいのは照射された相手の原子核に吸収されやすい中性子線なんですが、食品照射で使われるのは吸収されずに透過しやすいX線、γ線、電子線です」
リョウ 「X線、γ線、電子線では放射化は起きないのか?」
タクヤ 「X線、γ線、電子線が放射化を起こさないと言えば誤りになります。ただし、食品照射についてはコーデックス規格がありまして、コバルト60かセシウム137が放射するγ線、機器により発生させた5MeV以下のX線、機器により発生させた10MeV以下の電子線のみ使用することができる、ということになっています」
リョウ 「メヴって何?」
タクヤ 「MeVというのはメガ電子ボルトで、放射線のエネルギーを表す単位で、コバルト60とセシウム137が放射するγ線のMeVはより小さい値です。この程度の強さの放射線では食品が放射化することはないです」
リョウ 「そういう強い放射線ではないということ?」
タクヤ 「“強いか弱いか”というのはちょっと違うと思いますね。MeVで表す放射線のエネルギーというのは、光で言えば波長によって変わるものです」
リョウ 「ふーん。赤い光と青い光とどっちが“強いか弱いか”とは言えないというようなことか」
タクヤ 「そうですね。放射線が強い/弱いというのは、それとは違って、時間当たりの数ってことになるでしょう」
リョウ 「つまり、コーデックス規格で定めているX線なりγ線なり電子線なりというのは、強弱を言っているんではなくて、放射化できる種類の放射線ではないよということか」
タクヤ 「そういうことかと。時間的にも短時間ですし、食品照射で食べ物が放射化すると考えるのには無理があると思います。実際やってみてそうなった結果はないわけですし」
リョウ 「奥が深いな、放射線」
タクヤ 「わかりにくいし、説明するにもベースになる知識をいろいろ説明しなくちゃで遠回りになりますよね。だからなかなかわかってもらえないのがこの分野って感じですね」
リョウ 「やっかいなもんだ」
タクヤ 「そんな話を忍耐強く聞くより、『放射線怖いぞ~!』と言われて『キャ~!』って言うほうがラクですし、不謹慎な言い方になりますが、世の中的にはそのほうが面白いってことはあるでしょう」
リョウ 「ネタになる、見出しが立つってことにもな。という話をしながらもだ、オレが抱く疑いはまだあるぞ」
タクヤ 「何でしょう?」
リョウ 「放射線を照射した食品は、まずくなったり栄養が壊れたりしないのか? これまた大問題だぞ」
タクヤ 「じゃ、そこはまた次回ということで」