生レバーを安全に食べる方法には食品照射があると言い出したタクヤ。リョウはそれには反対の様子だが。
放射線照射でフリーラジカル発生
リョウ 「来たか。ごくろう」
タクヤ 「いやー、今日は寝坊して朝ご飯抜きです」
リョウ 「実はオレもだ。トースト焼いてたんだ。お前も食え」
タクヤ 「いただきます。モグモグ。で、食品照射のお話の続きです」
リョウ 「あのなぁ。オレ考えたけどさ、やっぱりヤダよそれ。食い物に放射能浴びせるなんて、考え方が狂ってるよ」
タクヤ 「だからぁ、前回言ったじゃないですか。隊長が言いたいのは『放射能』じゃなくて『放射性物質』ですよ。しかも、食品照射は、『放射性物質』を浴びせるんではなくて、『放射線』を浴びせるんですってば」
リョウ 「あ、そうか。蛍をたからせるんではなくて、蛍の光を浴びせるって話な(前回参照)。でも、どのみち放射なんちゃらを浴びせるんだから、やっぱり気味悪いよ。なんでそんなことしようという発想になるんだか。きっととんでもなく邪悪なメカニズムで微生物をやっつけるんだろ」
タクヤ 「邪悪ってことはないと思いますね。使う道具はもちろん家庭にないものですが、食品照射で起こることは、割とありふれた現象と言っていいと思いますよ」
リョウ 「なんだとぅ?」
タクヤ 「食品でも他の物質でも、放射線を当てるとフリーラジカルというものが出来るんですが……」
リョウ 「それ見たことか。フリーラジカルって、テレビの健康番組で聞いたことあるぞ。体の中の脂肪酸に活性酸素がぶち当たって過酸化脂質というものになって、それが有害だという話でだ、その活性酸素の一つがフリーラジカルだって、確か言ってた」
タクヤ 「ああ、そういうのありましたね。フリーラジカルって、なんだかわかりますか?」
リョウ 「フランス革命から全共闘まで、ラジカルなやつらがとんでもないことやってきたんだ。フリーなラジカルなんて聞いただけでも危険きわまりねぃ」
タクヤ 「それは政治学のラジカリストでしょ。化学とか物理とかでラジカルというのは、ちょっと違いますよ」
リョウ 「と言うと?」
タクヤ 「思い切ってざっくり説明しますが、原子や原子が複数くっついた分子というのは、普通、陽子と同じ数の電子がその周りをぐるぐる回っているわけです」
リョウ 「ヨーコ元気かな……」
タクヤ 「(無視)電子はそれぞれ勝手に動き回っているわけではなくて、軌道と言いますが、何本かの道路があって、そこを車が走っているイメージです。この道路は何種類かあるんですが、だいたいは片側1車線の対面通行の道路で左右1台ずつ車が走ってるんですが、片側を走る車しかいない状態だっていうのが、フリーラジカルだっていうことです。すごく乱暴な説明ですが」
リョウ 「また理科の人に叱られそうだな」
タクヤ 「あまりきちんと説明すると、隊長眠っちゃうでしょ」
リョウ 「眠らないけど、ヨーコの回想モードに入るな」
タクヤ 「誰だよヨーコって」
トーストにもフリーラジカル
リョウ 「まあいいや。原子なり分子なりが、フリーラジカルである場合があるということだな。で、やっぱりラジカルなんだろ、そいつら」
タクヤ 「不安定で反応性が大きくなります。活性酸素もその一つですが、こういうフリーラジカルが食品中に出来ると、DNAを傷つけて、細胞死を起こさせるわけです」
リョウ 「ほら言わんこっちゃない。フリーラジカル恐るべし! そういう普通じゃないものを使う技術はいかんよ」
タクヤ 「いやいや、隊長、フリーラジカルって、意外とありふれたものですよ」
リョウ 「は?」
タクヤ 「たとえば、今トースト食べたじゃないですか。これにもフリーラジカルはあったわけで」
リョウ 「なぬっ!」
タクヤ 「あと天ぷらとか。普通の加熱調理でフリーラジカルは大量に出来ますし、フリーズドライ食品なんかにも出来ますし、食品が普通に酸化するときにも出来ますよ」
リョウ 「げ! そういうものだったのか。じゃ、トーストなんか危なくって食えたもんじゃないぞ」
タクヤ 「そんなことないですよ。これ、食べると口の中で唾液とかと反応して消えちゃいます」
リョウ 「なんだ。ふぅ。しかし、食品照射で出来たフリーラジカルは、トーストなんかのフリーラジカルよりよほど多いんだろう」
タクヤ 「いえ。トーストのほうが多いということです」
リョウ 「うえー、そうなのか」
タクヤ 「いわば、加熱調理というのは食品中にフリーラジカルを作って、それで病原菌や寄生虫をやっつける方法であるという側面があるわけです」
リョウ 「知らんかったー」
タクヤ 「だけど、このやり方で殺菌や滅菌を行おうとすると、お刺身は食べられないわけですよね」
リョウ 「そらそうだ」
タクヤ 「でも、食品照射であれば、対象となる食品の温度を上げずにフリーラジカルを産生して、滅菌ができるというわけなんですよ」
リョウ 「それで生レバー食いたいなら食品照射だと、お前は言うわけね」
タクヤ 「牛生レバーだけでなくて、普通の魚介類の刺身も、実は寄生虫や微生物による食中毒のリスクは常にあるわけなんですが、食品照射をすれば、そのリスクはほぼゼロにできるわけです。『生食は日本の食文化だ!』なんて言い出すなら、こういう技術のことはまじめに考えるべきですよ」
リョウ 「まじめに考えてないのか」
タクヤ 「いや、国や諮問機関などはまじめに考えたり調査したり研究したりしていますよ。福島第一原発事故のあおりで放射線科学のイメージが悪くなって苦労しているところはありますが、ユッケ集団食中毒事件以降、焼肉業界でも一生懸命調べている向きが増えていると聞きます」
リョウ 「しかし、そうは言ってもなあ。やっぱり変わったことには違いないよ。そう普及するとは思えないな」
タクヤ 「いやいや、何をおっしゃいますやらうさぎさん。世界中でいろいろな食品に対して普通にやってますよ」
リョウ 「そうなのか? たとえばどんな食品に? オレたち食ってるものにもか?」
タクヤ 「そうですね。そこ、詳しくは次回お話ししましょうか。あと、食品じゃないですが、先日まで話していた食品包装資材にも照射は行われていますし」
リョウ 「なんと。早く教えろ」
タクヤ 「ではまた来週。隊長はヨーコちゃんのことでも考えててください」
リョウ 「それ言われるとDNA傷つく」