トレハロースはそれほど甘くない

すーぱーの串だんご
スーパーマーケットで販売している串だんご

トレハロースについて話してきた二人。リョウはトレハロースを使うメリットをさらに教えろという。

シャリ、野菜、玉子料理……

リョウ 「来たか。ごくろう」

タクヤ 「えっと、トレハロースのお話はもういいですよね?」

リョウ 「いやいや、せっかくだから使うメリットの話をもうちょっと聞かせろ」

タクヤ 「あんまりやってると宣伝だと思われちゃいますよ」

リョウ 「宣伝で『いろいろあった会社だ』って言うわけないだろ」

タクヤ 「はあ。長瀬産業という化学製品の商社に救済してもらって、また頑張ってると思いますが」

リョウ 「商品とお客さんがあれば、会社は残るもんだ。昔の吉野家を見ろ」

タクヤ 「はい。なんで『昔の』にボールドかかってるんですか」

リョウ 「ま、ファンとしての気持ちだ。気にするな。でだな、だんごが時間経っても軟らかっていうほかに、トレハロース使うメリットとかあるのか?」

タクヤ 「だんごの話はデンプンの老化を抑えるということで説明しましたよね。あと、時間が経ってもご飯が透き通っておいしい状態を保つとかあるそうです」

リョウ 「コシヒカリとか、冷えると白く濁ってまずくなるからな。でも、やっぱり糖なんだから、あんまり入れると甘くなっちゃうんじゃないか?」

タクヤ 「炊飯時に少し入れて、すし酢にもちょっと入れて、それでシャリを作るというワザがあるようです」

リョウ 「ほう。持ちのいい酢飯なら、ちらし寿司とか、コンビニとか駅弁のすし系の商品に使えそうだな。いつまでも回してる回転寿司にもいいかもしれない」

タクヤ 「回転寿司だとネタのほうが先に乾いていっちゃいますね。ああ、でもカットした野菜をトレハロース水溶液に浸すと持ちがよくなるということがあるので、すしネタにも応用できるかなぁ」

リョウ 「しめさばとか料理するタイプのネタならいけるのかもな。野菜でそうやって使えるならサラダバーに向いてるかもしれん」

タクヤ 「サラダのドレッシングに使うという手もあるんですよ。ドレッシングが野菜の水分を吸い取っちゃうのを抑えて、ちょっと時間が経ってもべちゃっとしないとか。トレハロースが水を移動しにくくさせているようです」

リョウ 「じゃ、ブッフェ系の提供スタイルにはもっと使えるんじゃないのか」

タクヤ 「ですね。スクランブルエッグに使うとしっとりが持続とか。タンパク質の変性を抑えるように働くようです。あと、だし巻きもふっくら出来るとか」

リョウ 「食品メーカー向きの素材だと思ってたけど、こりゃ案外と外食でいろいろ使い途ありそうだな」

タクヤ 「だと思いますよ。まあ、『マクドナルド ハッピーセットが腐らない話について』のときの話のように、“持ちがよい=なんか変なことしてるんだろ”と思っちゃうというイメージの問題があるので、上手に使ったり上手にコミュニケーションしたりという工夫は必要でしょうけれど、レストランはもっといろいろな素材に挑戦していいと思います」

プリンやカスタードも冷凍可能に

リョウ 「しかしなんだな、食品を長く保存するにはやっぱり冷凍だろ。カチンカチンにしてしまえば、トレハロースなんか必要ないな」

タクヤ 「ところがどっこい」

リョウ 「どっこいしょ」

タクヤ 「冷凍かけると、味が悪くなったり、スが入って商品にならなくなったりっていうことがありますよね」

リョウ 「うん。肉や魚だとドリップが出て、うま味が抜けてしまう。あと、豆腐やこんにゃくは冷凍して戻すとスが入ってスポンジみたいになっちゃうな。まあ、豆腐はそれでも食べようはあるけど、こんにゃくはゴムみたいになってどうにもならん。冷凍中の乾燥も問題だ」

タクヤ 「冷凍によるドリップやスの防止には効くんですよ。乾燥についても、トレハロースは保湿性を助ける働きもあるので、そこは期待できるかもしれませんね。まあ生の肉・魚にトレハロースを応用するのは難しいと思いますが、お菓子だとトレハロースを使うことで冷凍が利くようになることがあるようです」

リョウ 「それはあれだ、赤福がすったもんだしたときに、余った餅を冷凍していたというのがたたかれてたことがあったな。ああいうのか?」

タクヤ 「餅菓子を冷凍できるなんてホントはすごい技術だと思いますよ。それに、使い切れなかった素材を使い切るんだからいいことじゃないですか。ただ、今の赤福は、トレハロースを含む糖類加工品というものを寒い季節にも餅を軟らかく保つために、冬季製造分だけ使っているそうです」

リョウ 「その『糖類加工品』というものの、トレハロースと他の糖類とかとの配合がその会社の技術ってことなんだろうな。しかし、もう冷凍はしてないのか。あれはどうだ、ロッテの『雪見だいふく』」

タクヤ 「『雪見だいふく』にはトレハロースではなくてマルトースを使っていると聞いたことがありますね。あれが出た1981年には、まだ安いトレハロースがありませんでしたから」

リョウ 「じゃ、お前が言いたいお菓子って何だ?」

タクヤ 「プリンを冷凍する実験がありまして、普通に作ったプリンとトレハロースを使ったプリンを比べっこするという」

リョウ 「あれは豆腐なんかと同じで、冷凍して解凍するとスが入るだろうな」

タクヤ 「ピンポン♪ ところが、トレハロースを使ったほうはけっこう滑らかさを保っているぞと。同じように、カスタードを冷凍しても滑らかさを保つと。ホイップした生クリームもボソボソにならないようです」

リョウ 「今はファミレスのケーキは冷凍ケーキをレンジアップっていうのが多いからな、そういうのがあると助かるだろうね」

タクヤ 「そういうことです」

氷の結晶の成長を抑えるトレハロース

リョウ 「だけど、何でそうなるんだ?」

タクヤ 「水が凍るときって、全体が均一に固体になるんではなくて、トゲトゲの結晶が成長するように伸びていって固まるんですが……」

リョウ 「真冬に池とか水たまりの表面に氷が出来ると、いろんな模様ができるよな。あと車のフロントガラスについた霜なんかも、トゲトゲ、シャカシャカの模様になってる。ああいうことか」

タクヤ 「そうですね。で、水分を含んでいる食べ物が凍るときも、ああいうことが組織内部で起こるわけです」

リョウ 「組織内部の犯行だ」

タクヤ 「犯行関係ないです。たとえば、一つひとつの細胞の中で、トゲトゲの結晶ができて成長すると……」

リョウ 「細胞痛そうだな」

タクヤ 「細胞膜が破れますね。植物なら細胞壁もブチブチ切られちゃうでしょう」

リョウ 「ああ、それで野菜を冷凍して解凍するとグニャグニャになるんだ」

タクヤ 「肉・魚なら、細胞膜がやぶれて、そこからうま味を含んだ液がダダ漏れに」

リョウ 「それがドリップというやつだ」

タクヤ 「ところが、トレハロースを含んだ水だと、氷の結晶があまり発達しないんだそうです」

リョウ 「しゃべらせといて何だけど、オレそれ知ってるわ。冬に栽培する野菜は霜が降りたり雪に降られたりすると甘味が増すんだよな。あれは、植物が体の中に糖を増やして凍結に対抗しているんだと聞いたことがある。あれもトレハロースなのかな」

タクヤ 「トレハロースだけではないでしょうね。ブドウ糖とか。さっきのマルトースとかもそうですが、糖というものは、氷の結晶の成長を抑える働きがあるようです。ただ、トレハロースは『しかもそれほど甘くない』というのが特徴なわけで、いろいろなものに使いやすいと」

リョウ 「だったらお菓子じゃなくても、いろいろな冷凍食品に使えそうだな」

タクヤ 「冷凍食品で結晶による細胞破壊を避けるためには、通常は急速冷凍で一気に凍らせるわけですが、トレハロースを使うと緩慢冷凍でも状態を良好に保てるものがけっこうあるようです」

リョウ 「そういうものなら、食品メーカーじゃなくても、小さい店でも応用できる商品はあるかもしれんな」

タクヤ 「とは言え、やっぱり多少の甘さはつくので、何でもかんでも使えるわけではないでしょうけど。あと、『そもそも冷凍すんなよ』っていうお客さんもいるわけで、これまた使い方とコミュニケーションの工夫が必要ですね」

リョウ 「それほど甘くないよ」

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About 北遥 41 Articles
もの書き稼業 きた・はるか 理科好きの理科オンチ。