乾燥した生き物が水を得て生き返るのは、トレハロースがどのように作用しているためかを話していた2人。タクヤはとんでもない喩えを使ったが。
「適合溶質」のひどい説明
リョウ 「来たか。ごくろう」
タクヤ 「前回は、ヒドロキシ基の配列というよくわからない言葉を、『むね肉→ネギ→砂肝→レバー』の順番で並んでいるという喩えで説明したんでした」
リョウ 「すげー乱暴な喩えでな。で、なんだ。水の分子の先っちょはむね肉とネギで、トレハロースの分子はオレの嫌いな砂肝とレバーあるんだけど、やっぱり先っちょだけむね肉とネギになっているので、どさくさに紛れて水と入れ替わりやすいっていう、そういうことをお前は言いたいわけか?」
タクヤ 「なんかそういうイメージで。水の代わりにトレハロースがそこ座りますからね~と」
リョウ 「読んでるみなさん、この説明がおかしいと思ったら連絡してやってください」
タクヤ 「お手数おかけします」
リョウ 「で、そうだとして、それでどうなる」
タクヤ 「引っ越しとかのとき、瀬戸物とかどうやって梱包します?」
リョウ 「箱に収めるとき、プチプチで包んだり、隙間にプチプチ入れたりするな」
タクヤ 「もしプチプチがなかったら」
リョウ 「ガッチャン、ガッチャン当たって、割れるわな」
タクヤ 「プチプチの代わりに新聞紙くしゃくしゃにして同じように使ったら」
リョウ 「割れる確率は下がるな」
タクヤ 「なんかそういう入れ替わりってことじゃないですかね」
リョウ 「お前、ほんとに理科の人に怒鳴られるぞ」
タクヤ 「悪いのは北遥です」
リョウ 「これだ。ひとのせいだよ」
タクヤ 「ま、組織の中である役割を果たしていた水という物質がなくなったときに、それで組織の他の部分が丸裸になるわけではなくて、別の支えが入ってますよと、そういうことで。こういうのを適合溶質と呼ぶそうです」
リョウ 「出た、難しい漢字」
タクヤ 「ここテストに出まーす」
リョウ 「テストあるのか」
タクヤ 「隊長は受けなくてけっこうです。あと、ガラス化ということがあります」
リョウ 「ガラスか?」
タクヤ 「ガラス化。固体って、分子が整然と並んだ結晶構造になってると思うじゃないですかぁ」
リョウ 「そうなのか?」
タクヤ 「ところがぁ、分子があーだこーだ乱雑なまんま固体になるものっていうのがあるわけです。それの代表的なものが、窓ガラスのガラス」
リョウ 「窓ガラスのガラス以外にガラスなんかあるのか?」
タクヤ 「トレハロースは、干しネムリユスリカとかの体の中でガラス化してるんです。この状態では、分子が動かないので、劣化とかしないんですよ」
高価で使えなかったトレハロース
リョウ 「ははぁ。そういう気の利いた物質なら、食品に使うといいねぇとなったわけだな」
タクヤ 「そのとおりです」
リョウ 「それが1990年代に考えられた」
タクヤ 「食品に使うといいねぇと考えられたのは、もっと昔からですよ。トレハロース発見された頃から考えられてたんじゃないですか?」
リョウ 「てことは、なんと100年以上やってみるやつがいなかったってことだ」
タクヤ 「いや、やってみるのはやってみたいと、みんな思ってたでしょ。でも、できなかったんですよ」
リョウ 「なぜ?」
タクヤ 「隊長、世の中アイデアよければ何でもできるわけじゃありやせんゼ」
リョウ 「というと?」
タクヤ 「金ですよ、だんな、ひひひ」
リョウ 「金?」
タクヤ 「目に見えるかどうかわかんないような大きさのクマムシにトレハロースあったって、串だんごに使えるほどの量取れないじゃないですかぁ」
リョウ 「イワヒバは目に見えるぞ」
タクヤ 「どうやって取り出すかが問題ですよね」
リョウ 「あるのはわかるけど、量が取れない。取ろうとすると、すさまじい量の材料と手間がかかると」
タクヤ 「つまり、金がかかると」
リョウ 「はあ。で、打つ手なかった?」
タクヤ 「一応ですね、酵母から抽出するという手まではいけたようです」
リョウ 「よかったじゃん」
タクヤ 「ところが、それで集めたトレハロースはキロ当たり数万円というお値段になりまして」
リョウ 「あはぁ、お高い」
タクヤ 「そこまで金かけてまで状態保たなければならない食品というのが、まあ、なかったということですね。だったら作りたての串だんご買いにくればと」
リョウ 「それでも酵母からトレハロース抽出して値段つける会社はあったんだろ? 何に使ってたんだ?」
タクヤ 「まあ、化粧品とか薬とかですね」
リョウ 「ふむ。それならお高くてもいいかなと」
タクヤ 「串だんごとは単価のケタが違いますからね」
リョウ 「じゃ、1990年代に使えるようになったのは、つまり、トレハロースのお値段下がりましたと、そういうこと?」
タクヤ 「そです。むっちゃ安く作れるようになったんです」
リョウ 「どーやって? 巨大化した酵母とか作ったのか?」
タクヤ 「隊長、ナイスボケ」
リョウ 「人がまじめに聞いてるのに」
タクヤ 「ナイスな酵素と、その組み合わせを発見した人たちがいるんですよ」
リョウ 「酵母じゃなくて酵素か。酵素ちうと、異性化糖工業化も酵素の発見競争だったんだよな(第25回参照)」
タクヤ 「よく覚えてますね。まあ、日本にはそういう酵素の研究に熱心な会社があったということです」
リョウ 「お! トレハロースの大量生産も日本の技術なの?」
タクヤ 「あれ? 言いませんでしたっけ?」
リョウ 「そこ、教えろ、はよ」
タクヤ 「そこはまた次回ってことで」