異性化糖について話してきた現代素材探検隊の隊長リョウと隊員タクヤ。続いて甘さではなく機能が期待される糖の話をすることになっていたが、タクヤはその例としてスーパーマーケットで販売している串だんごを持って来た。
食えるじゃないかスーパーのだんご
リョウ 「来たか。ごくろう」
タクヤ 「スーパーで串だんご買って来ました」
リョウ 「え? だんごや餅の類は和菓子屋で買えよ。スーパーのだんごなんか子供のとき何度か買ったけど、まずくて食えんよ」
タクヤ 「まあまあ、そうおっしゃらず」
リョウ 「だいたいこんなものは硬いかバカみたいに甘いかなんだ。食えというから食ってやるけど……ムニャムニャ……」
タクヤ 「どうです?」
リョウ 「あれ? 硬くないね」
タクヤ 「はい」
リョウ 「甘いは甘いけど、甘ったるくもないか」
タクヤ 「はい」
リョウ 「食える。もう1本」
タクヤ 「ははは」
リョウ 「おかしいな」
タクヤ 「お菓子ですから」
リョウ 「言うねぇ。しかし、スーパーのだんごに何が起こったんだ?」
タクヤ 「スーパーで売ってるだんごが昔硬かったというのは、たぶんデンプンが老化してたんでしょうね」
リョウ 「老化?」
タクヤ 「デンプンに水を加えて混ぜながら加熱すると糊になりますよね」
リョウ 「カスタードクリームはそうやって作るな」
タクヤ 「だんごとか餅とかご飯も、それと同様の状態になってるわけです」
リョウ 「それはお前、『α化してる』っていう状態だ」
タクヤ 「とも言います。で、餅でもご飯でも、冷えた状態で時間が経つと透明感がなくなって硬くなりますよね。これが老化」
リョウ 「妖怪でんぷんじじい」
タクヤ 「擬人化しなくていいです。英語ではretrogradationと言います」
リョウ 「レトロか。デンプンのレトロ化ってことにしよう」
タクヤ 「新語造ると世の中が混乱しますのでやめてください。老化、で」
リョウ 「なんで老化するんだ?」
タクヤ 「デンプンが再結晶して、水と分離しちゃうらしいんですよね。パンが硬くなるのも同じく老化のようです」
リョウ 「パンのおじいさん」
タクヤ 「擬人化はしなくていいです」
リョウ 「スーパーでそこそこ軟らかいだんごもあったけど、妙な甘さがあった」
タクヤ 「それはたぶんマルトースを使っていたんでしょうね」
リョウ 「マルトースって、前にちょっと出たな(第22回参照)。何だったっけ?」
タクヤ 「麦芽糖、早い話が水飴の主成分ですよ。甘味料として使われますが、水と仲がいいんですね。こういうものが構造の中に入り込むことで、デンプンの再結晶化をじゃまして老化を遅らせるのだと」
リョウ 「ははあ。水飴を練り込んだだんごだからスーパーの店頭で時間が経っても軟らかかった、でも甘かった、というわけか」
タクヤ 「おそらくそういうことでしょう」
リョウ 「じゃあ、今日お前が買って来たこれは何だ? 軟らかもちもちだけど、そんなに甘くないぞ」
タクヤ 「原材料のところ見てください」
リョウ 「ふーん。上新粉の次に砂糖とあるのはたれの味つけだろうな。その次にトレハロースってある。何だこれ?」
タクヤ 「それ。二糖の一種です」
リョウ 「二糖って、単糖が2つくっついたものな(第1回参照)」
タクヤ 「マルトースも二糖の一種です」
リョウ 「じゃ、なんだ。このだんごは、マルトースではなくて、トレハロースでデンプンの老化を遅らせてるってわけか」
タクヤ 「そういうことです」
リョウ 「トレハロースはマルトースより甘くないということ?」
タクヤ 「いや。砂糖の主成分はスクロースですが、マルトースはスクロースの1/3ぐらいの甘さ、トレハロースは同じく半分ぐらいの甘さ、ってことになってます」
リョウ 「トレハロースのほうが甘いじゃん」
タクヤ 「ところが、トレハロースのほうがマルトースより水と仲良しなんですよ。なので少量で効果ありという」
リョウ 「へぇー。そんなものがあったんだ」
悪魔の爪と謎の虫が作る神のパン
タクヤ 「こういうものが90年代から盛んに使われるようになったんですね」
リョウ 「ほう。新発明か。誰か何かこう、こういうものを合成したらすごい効果あって大発明! みたいな感じか?」
タクヤ 「いえいえ、トレハロースというものがあるということは、19世紀から知られてたんですよ」
リョウ 「古い話で恐縮です」
タクヤ 「いえいえ、こちらこそ」
リョウ 「ではなくてだ。誰がどうやって見つけたのか」
タクヤ 「ものの本によると、まずウィガーズという人が麦角から見つけたと」
リョウ 「バッカクって何だ?」
タクヤ 「だんな。麦の穂を見たことがありますよね、ひひひ」
リョウ 「あ、あるけどどうした」
タクヤ 「その麦の穂に、黒い悪魔の爪が生えてくるという……」
リョウ 「キャーーー!」
タクヤ 「怖いでしょ。実はこれ、イネ科の植物に麦角菌という菌が寄生して起きる病気でして。間違って食べちゃうと、手足がちぎれたり、精神錯乱になったりという……」
リョウ 「キャーーー!」
タクヤ 「という麦角を調べてたら、その中にそういう物質があるわいなあとわかったらしいです」
リョウ 「ほう」
タクヤ 「その後、バーサローという人が」
リョウ 「400m個人メドレーで世界記録を樹立したと」
タクヤ 「バサロですね、それ関係ありません。同じ綴りかどうか知りませんが、とにかくバーサローという人が、象鼻虫という虫が作る怪しい白い物質からトレハロースを分離して」
リョウ 「なんか、どれも怪奇現象っぽいな」
タクヤ 「すいません」
リョウ 「トレハロース作ってる会社からにらまれるぞ」
タクヤ 「いや、他意はございませんで、とにかくそういう風に発見されて」
リョウ 「その象鼻虫のなんたらって、何だよ」
タクヤ 「何かそういうふわふわした、トレハラマンナと呼ばれるものを作るんだそうですよ。それが砂漠にうっすらと積もるんだとか。食べるとちょっと甘い。何でも、旧約聖書に出て来るマナというのはそれなんじゃないかということで、その名が付いているそうです」
リョウ 「あれだ、イスラエル人が食べるものがなくてお腹空いた~って言ってたら、モーセが祈って、それで神様が天からパンを降らせたという、それがマナ。それが何であったかは諸説あるらしいけどな」
タクヤ 「お詳しいようで。その後、ほかにもいろいろな動植物からトレハロースが発見されて、これがどうもいろいろ気の利いたところのある物質らしいということになって研究は進んだんですね」
リョウ 「へぇー。気が利くって、どんなんだ」
タクヤ 「それはまた次回」
リョウ 「気が利かねぇな、相変わらず」