日本の異性化糖技術がアメリカで歓迎された背景には、アメリカでトウモロコシがだぶついていた事情もあった。
伊勢湾台風の後アイオワから豚がトンできた
リョウ 「来たか。ごくろう」
タクヤ 「昨日が立秋ですが、暑いですね」
リョウ 「これからだんだん台風も増えてくるんだろうな」
タクヤ 「台風と言えば伊勢湾台風です」
リョウ 「お前、いつの時代の人だよ」
タクヤ 「お話の都合上、無理やり持ち出したまでです」
リョウ 「じゃあしょうがない」
タクヤ 「1959年9月に、伊勢湾台風というのが来ました。死者4697名、行方不明401名、負傷3万8921名、住家全壊4万0838棟、半壊11万3052棟、床上浸水15万7858棟、床下浸水20万5753棟という、激ヤバイ台風でした」
リョウ 「メモを読みながら教えてくれてありがとう」
タクヤ 「ここから持ってきました」
リョウ 「異性化糖の話をしてるんだけど、それ関係あるのか?」
タクヤ 「あります。ワンクッション迂回がありますが」
リョウ 「まあいいや。ほんで?」
タクヤ 「このとき、在日米空軍にリチャード・トーマス(Richard Thomas)軍曹という人がいました」
リョウ 「米軍に軍曹なんてあるのか?」
タクヤ 「Master Sergeantだそうですので、自衛隊で言えば一等空曹ですかね。広報関係やってたみたいです」
リョウ 「さりげにミリオタなオレたち」
タクヤ 「で、伊勢湾台風は全国的にものすごい被害だったわけですが、リチャード軍曹は東京にいたので、とくに近所の被害に関心を持ったみたいです」
リョウ 「東京の近所?」
タクヤ 「山梨県です。伊勢湾台風やらなんやらで、1カ月のうちに山梨県の畜産が壊滅したと聞いたそうで」
リョウ 「なんと」
タクヤ 「それで、リチャード軍曹はアイオワ出身だったんですが、アイオワって知ってます?」
リョウ 「大和より全長が長くて、終戦直前に室蘭と日立に艦砲射撃をぶちかましたやつだ」
タクヤ 「いや、それアメリカの戦艦ですから。アメリカのアイオワ州というのは、『コーンベルト』の中心地で、養豚が盛んな州でもあります」
リョウ 「『コーンベルト』ってのは、トウモロコシをオニのように生産してるプレーリー地帯だな」
タクヤ 「そのアイオワ出身のリチャード軍曹がいいこと考えてくれたんですよ。『アイオワから山梨へ豚をプレゼントしよう』って」
リョウ 「山梨の畜産立て直しのために?」
タクヤ 「そうです。それを上官に相談したら、『いーねー、それ!』ってことになって、それでアイオワから35頭のブーちゃんがC-130に乗ってやって来た。36頭だったんですが、1頭は途中で死んじゃって」
リョウ 「え? 米軍機で来たの?」
タクヤ 「そうです。まあ、内部では人道支援だし演習にもなるからいいじゃんて話で通したんじゃないですか」
リョウ 「やるな、アメリカ。しかしなぁ、ララ物資にしても、東日本大震災のトモダチ作戦にしても、昔戦争やった相手とは思えんな。なんていい人たちなんだ」
タクヤ 「あんまり持ち上げると、我々カネもらってると思われますよ」
リョウ 「くれるんなら欲しいね。もっとほめるぜ」
タクヤ 「隊長、恥を知れ」
アメリカではトウモロコシが余っていた
リョウ 「で、異性化糖の話なのに、なんでブーちゃん空の旅の話なんだ」
タクヤ 「このとき、豚だけじゃなく、豚の飼料もいっしょに運んで来たんです」
リョウ 「豚のエサ?」
タクヤ 「そうです。トウモロコシ1500t」
リョウ 「うは。そりゃまた大盤振る舞いだな。ほんとにいい人たちだ」
タクヤ 「でもまあ、そりゃお安い御用だよと思ってくれる事情もあったわけですよ」
リョウ 「と言うと?」
タクヤ 「アメリカのトウモロコシは、この頃だぶついてたんですね」
リョウ 「たくさん穫れたけど余っちゃってどうすると。そりゃ、戦後日本のイモ作りすぎと同じ話だな」
タクヤ 「なので、トウモロコシならいっぱい送ってあげるよと思ってもらえた。これは日本にとってラッキーだったわけですが、実はアメリカにとってもラッキーだったわけで」
リョウ 「なんで?」
タクヤ 「リチャード軍曹やアメリカ空軍は、おそらく単純に人道支援と考えていたんでしょうけれど、このフライング・ブーちゃん、英語では「Iowa Hog Lift」(アイオワ・ホッグ・リフト=アイオワの豚空輸)って言うんですが、これをきっかけに、日本では養豚はじめ畜産の近代化・産業化が進んだんですよ」
リョウ 「畜産の近代化ね。産業化って、畜産てもともと産業だろ?」
タクヤ 「今は食肉のために家畜を集中的に育てるということは当たり前になってますが、昔の日本の畜産て、それほど攻めのタイプじゃなかったんですよ」
リョウ 「家畜に攻められたら怖い」
タクヤ 「ではなくて。たとえば、農家が米とか野菜とか作りますよね。そうすると、野菜くずとかわらとか、いろいろな廃棄物が出ます。そういうものを鶏とか牛とか豚とかに食べてもらったり、敷わらにしたりするとムダがなく、農場はきれいになって、家畜のうんちや敷わらは肥料になるし、牛は働いてくれるし、鶏は卵産んでくれるし、どれも最後にはお肉になってくれると」
リョウ 「循環型畜産てやつだ」
タクヤ 「これはこれで合理的な形だったわけですが、みんなが金銭的に余裕が出て来ると、『もっと肉食いてー』ってなりますよね。その需要を満たすには、この形では追いつかない。量が揃わないから値段も高くなると」
リョウ 「その頃は所得倍増計画が出て、これからみんな可処分所得が増えて『外食するぞー!』っていう時期だよな。それでもっと積極的な畜産が必要だよとなったわけだな」
タクヤ 「それには質と量が安定した飼料が必要なわけで」
リョウ 「ああ。それでトウモロコシは便利だなとわかったわけだ。野菜くずなどよりカロリーある濃厚飼料でどんどん育ってネと」
タクヤ 「そうです。それで、フライング・ブーちゃん以降、日本国内でトウモロコシを飼料とする畜産が普及していったわけです」
リョウ 「わかった。それでアメリカのコーンベルト諸州としては、今までトウモロコシがだぶついてたけど、海の向こうに新しいお客さんが出来たぞと、そうなったわけだ」
タクヤ 「ピンポン♪ ポイントは、それまでアメリカのトウモロコシが余っていて、これからどうすんだ? という問題が頭をもたげていたっていうことです」
リョウ 「わかった。お前が言いたいのは、日本の畜産近代化だけでなく異性化糖生産もトウモロコシ消費拡大につながるということで、これまたアメリカの生産者が注目したぞよと、そういうことか」
タクヤ 「です、です。この頃からアメリカのトウモロコシ生産は輸出産業へシフトしていって、ずーっと横ばいだった生産量が増産へ転じていったんですね。後にはソ連(当時)の穀物不作なんていうこともあって、さらに輸出が伸びました」
リョウ 「イモ余りから始まった異性化糖生産の工業化が、トウモロコシ余りを解決したってわけだ」
タクヤ 「さいです」