前々回の続きで、異性化糖がなぜ造られるようになったのかの話を聞こうと待っている現代素材探検隊隊長のリョウ。今回タクヤは、その前段として、アメリカでの液糖利用のきっかけを語り始める。
アメリカ人はなぜコーラ好きか?
リョウ 「来たか。ごくろう」
タクヤ 「待ってたか。ごくろう」
リョウ 「ま、コーラでも飲みなよ」
タクヤ 「わぁ。アメリカ人みたい」
リョウ 「暑くなってきたからな。すかっと爽やかになりなよ」
タクヤ 「昔、サイゼリヤの正垣泰彦さんが、イタリアとかヨーロッパ人は食事にワインを合わせるけれど、アメリカ人はハンバーガーとかフライドチキンを食べるとき、コーラを飲む。何でワイン合わせないんだろうと思ったと、セミナーで話してました。何でなんでしょうね」
リョウ 「アメリカ人だってワインぐらい飲むさ」
タクヤ 「でも、工場見学行ったり、会議のときなんかでも、入口でまず缶コーラ渡されたりしますよ」
リョウ 「仕事中にワイン飲むわけ行かんだろう」
タクヤ 「でもほら、水とかお茶とかコーヒーとかもあるじゃないですか」
リョウ 「まあ、広告戦略、販売戦略、いろんな歴史があってのことだけど、禁酒法の影響は大きいだろうな」
タクヤ 「お、『アンタッチャブル』ですね」
リョウ 「キリスト教系の宗教的道徳運動から始まって、いくつかの州で禁酒法が制定されて、ついに1920年に連邦禁酒法が出来たわけだ。1933年の憲法改正で禁酒法が違憲になるまで続いたわけだよ。その13年間に、アメリカでソフトドリンクビジネスが伸びたんだよな。1886年に登場したコカ・コーラもここで飛躍した」
タクヤ 「コーラはほかにペプシコーラもありますが」
リョウ 「禁酒法の時期は、第一次世界大戦直後だ。その第一次世界大戦のときに砂糖相場が乱高下して、ペプシもその影響を受けて、せっかくのビジネスチャンスのはずの連邦禁酒法制定の頃には会社がガタガタだった。禁酒法時代にガタガタになったのは、あともちろん、酒造メーカーだよな。とくにビール会社。だって、ビール造っちゃいけないんだから」
タクヤ 「そこですよ、液糖誕生秘話が出て来るのが」
リョウ 「あ、そっか。今日は液糖、異性化糖がなんで生まれたかの話をしろってことだったよな」
タクヤ 「前回は臨時にコーヒーフレッシュの話になっちゃいましたからね」
リョウ 「巷では『常温ミルクパック』と言ってるようだぞ。まあいいや。で、禁酒法でビールメーカーが困ると、なんで液糖が登場するんだ?」
禁酒法でビールが造れなくなって
タクヤ 「お酒造っちゃだめと言われたビールメーカーは、同じ製造設備で造れる別なものを売り始めたんですよ」
リョウ 「そりゃなんだ?」
タクヤ 「一つはニアビールってやつ。ビールは大麦の種子を発芽させたものを使いますよね」
リョウ 「モルトってやつだ」
タクヤ 「モルトをお湯に浸して上手にコントロールすると、デンプンが糖化して甘い液体になります。大麦を発芽させると、β-アミラーゼという糖化酵素ができるんですね。それによって麦芽糖、横文字で言うところのマルトースが作られるという」
リョウ 「麦芽糖って、水飴も麦芽糖が多いんだよな。水飴は昔は米で造ってたんだろ?」
タクヤ 「玄米も発芽させるとβ-アミラーゼが出来るんですね。酒を造るには、酵母が利用できる糖を用意する必要があるので、世界各地に穀物のデンプンを糖化させる方法がいろいろあるわけです」
リョウ 「ああ、穀物を人が噛んで糖化する話も出たな」(※第19回参照)
タクヤ 「で、ビールは麦芽から造った麦汁に酵母を入れて醗酵させて、アルコール飲料であるビールになるわけです」
リョウ 「そいつを蒸留すると、焼酎とかウイスキーとかの類になるわけだよな」
タクヤ 「そです。でも禁酒法では0.5%以上のアルコールを含むとアウトなので、それ以前に醗酵を止めたり、醗酵させなかったり、そういうものを製品化した。それがニアビールというものです」
リョウ 「惜しい! ビール、って感じか」
タクヤ 「ビールに近いとか、ビールみたいなもんとか、そういう名前ですよね」
リョウ 「どんな味なんだ」
タクヤ 「その名のとおりビールに近い味でしょう。あと、今でも欧米などでは子供向けのモルト飲料なんていうのを売っていますよ。ああいうのは、まあ、甘いです。それと、最近日本でたくさん売れている通称ノンアルコールビールなんかも、基本的にはモルト飲料ですね」
リョウ 「何で『通称』ってつけるんだ?『ノンアルコールビール』でいいじゃんか」
タクヤ 「酒税法では『麦芽、ホップ及び水を原料として発酵させたもの』か『麦芽、ホップ、水及び麦その他の政令で定める物品を原料として発酵させたもの』で『アルコール分が20度未満のもの』が『ビール』と決まっていて、醗酵させていなければ『ビール』ではないので、その名で呼んじゃいけないんです」
リョウ 「出たな法律。じゃ、ニアビールみたいにちょびっとでも醗酵させていれば『ビール』でいいんだな」
タクヤ 「やっぱり酒税法では、アルコールが1%以上なければ『酒類』にならないので、酒類でないものを『ビール』と言っちゃいけないんですよ」
リョウ 「『こどもびいる』っていうのがあるけど、あれが『ビール』じゃなくて『びいる』っていうビミョーな名前になっているのもそういう事情か」
タクヤ 「『こどもののみもの』っていうのもありますね」
リョウ 「前回の『乳製品じゃないものを、乳製品であるかのように言ったり書いたりしちゃいけない』っていうのにしろ、法律というのはなかなか厄介なもんだな」
タクヤ 「消費者が誤認して不利益を被らないためです」
アメリカ食品工業に液糖利用が定着
リョウ 「ふむ。我々は脱線しているようだな」
タクヤ 「禁酒法時代のビール産業に戻りますか。で、彼らは、ニアビールのほかに、麦芽シロップというものも売り出したんです。これは麦汁を煮詰めるとかして濃縮したもので、甘味料であり、焼き菓子やパンの焼き色をよくするためにも使えるという」
リョウ 「おお、異性化糖の話の最初でパンの『クラストの色づきとか香りがよくなる』って話が出たんだった」
タクヤ 「ビール工場なら、ほとんど既存の設備でこういうものを造れたわけですよね。これが工業的な液糖生産が盛んになった最初と言えると思います。あと、酸糖化法という話をしましたが、そういう方法でトウモロコシのデンプンからコーンシロップを造ることも行われるようになりました」
リョウ 「なるほどな。しかし、造ったって買う人がいなきゃ売れんだろ。ビール飲めない代わりにモルト飲料飲む人はいただろうけど、液糖買う人が急に増えたわけでもなかろう」
タクヤ 「いや、増えたんじゃないですか?」
リョウ 「え? 液糖買って来てなめるのか?」
タクヤ 「まず、製菓・製パンで、砂糖より安価な材料として、しかも焼き色をよくするものとして使われたでしょう。それに、さっき、禁酒法時代に『ソフトドリンクビジネスが伸びた』って言ったのは隊長じゃないですか」
リョウ 「あ、そうか。ビールメーカー以外に、ソフトドリンクを造って売る会社がたくさん出てきたわけだな」
タクヤ 「そういうことです。で、液糖の特徴がここで生きるわけですよ。つまり、水に溶けやすく、飲料に向いているという」
リョウ 「なるほどな。まさに、禁酒法が液糖需要を伸ばしたわけだ」
タクヤ 「あと、この時期にはアイスキャンディーとかの氷菓子などの製造も盛んになります。ビール製造では麦汁や出来たビールを冷やす必要があるんですが、そのために工場には製氷機があったり、低温倉庫を持っていたりということがあったわけです。こういうものを有効利用するのに、氷菓子はちょうどよかったわけです」
リョウ 「ふーん。アイスキャンディーも禁酒法のおかげで伸びたのかぁ」
タクヤ 「で、そういうものをたくさん造るとなると、やっぱり砂糖も溶けやすいようにできないかということになってくるんですね。それで、砂糖から液糖を造るということも始まりました」
リョウ 「どうやんだ?」
タクヤ 「砂糖つまりショ糖は酸で分解してブドウ糖と果糖にできるんですよ」
リョウ 「ほー。化学やね」
タクヤ 「ま、そんなこんなで、アメリカの製菓とか飲料とかの食品工業では、液糖を使うしくみと癖が身に付いたわけです」
リョウ 「で、それは1920年代・1930年代あたりのことだろう? あと、そのときの液糖というのは、麦芽シロップという水飴みたいなものだったり、砂糖を分解して造るものだったり、トウモロコシのデンプンから酸糖化法で造るコーンシロップだったりというものだろう。デンプンを酵素の力でブドウ糖にして果糖にしてっていう異性化糖とはちょい違うものなわけだ。その、今よく使われている異性化糖が何で考えられたのか造られたのか、そのあたりの説明を頼むよ」
タクヤ 「ほいじゃ、それは次回ということで」
リョウ 「コーラ飲みきってから帰りなよ」