デンプンを原料に異性化糖を作る工程を尋ねたリョウ。タクヤの説明は意外にも込み入ったものだったが、果敢にツッコミ、もといボケをかましつつ聞くリョウであった。
もう一度デンプンのところから
リョウ 「来たか。ごくろう」
タクヤ 「毎度ですが、もうちょっと歓迎ムードの言い方ってないんですか」
リョウ 「来たか。ごくろうさん」
タクヤ 「言ってみた私が間違ってました」
リョウ 「前回の続きで、今回は加藤隼戦闘隊をどうやって作るかの話だ」
タクヤ 「果糖です。果糖ぶどう糖液糖などの異性化糖とはどうやって作るのか。前回デンプンからぶどう糖を作る段階のことをちょっとお話ししましたが、もういっぺんその段階からお話しましょうかね」
リョウ 「またそうやって引き延ばして、話の途中で帰る気だな」
タクヤ 「後の回で異性化糖の歴史のことも説明したいんですが、その下地として、このステップにはもうちょっと知っておいていただきたいことがあるんですよ」
リョウ 「歴史、カトウ、やっぱり太平洋戦争のことか」
タクヤ 「実はそこあたりもちょっとは関係あります」
リョウ 「ほう」
デンプンを液化するなんてできるの?
タクヤ 「しかし、加藤隼戦闘隊なんて言うから、あなたを隊長と呼びにくいですね」
リョウ 「あなた、でいいよ」
タクヤ 「夫婦じゃないんだから」
リョウ 「リョウさん」
タクヤ 「また『こち亀』みたいな」
リョウ 「じゃ隊長」
タクヤ 「隊長、デンプンて、どんなもんでしょうかね。物性のことですが」
リョウ 「うっせーな。粉だよ。厳冬の北海道に降る粉雪のように、つまむとキリキリと音がするような。それで、水に入れてかき回すと溶けたふりをして実は全然溶けないという」
タクヤ 「これをまず液化するということをします」
リョウ 「え? そんなことできるのか」
タクヤ 「前回アミラーゼの話をしましたが、それの異性体にα-アミラーゼという酵素があります。異性体の異性というのは、異性化糖という言葉の説明をしたときに出た異性化の異性です」
リョウ 「男女の話じゃないのな。『目玉焼きとパン』の異性体が『目玉焼きサンドイッチ』ということだった」
タクヤ 「糖化酵素のアミラーゼと分子式は同じですが、構造が違って、結果性質も異なるという」
リョウ 「同じ数のレゴでもいろんなものが作れるからな」
タクヤ 「で、α-アミラーゼを使うと、“デンプンの液化”ということができます。これによって水に溶けるようにするわけです」
リョウ 「え? 水に溶けるデンプンなんかあるのか?」
タクヤ 「いや、正確には、二糖とか糖アルコールとか、デンプンより分子量の小さな多糖類にバラバラにするんです」
レゴをばらばらにする子供とお母さん
リョウ 「それは何かこう、せっかく作ったレゴをばらすというようなこと?」
タクヤ 「イメージとしては。ただし、丁寧に1個ずつブロックをはずしていくというよりも、適当にばらばらにしちゃうような感じですね、デンプンの液化というのは」
リョウ 「テキトーだから、二糖とか糖アルコールとかその他の多糖類がテキトーにできると」
タクヤ 「そんな風な」
リョウ 「親近感が湧くな、α-アミラーゼ」
タクヤ 「はあ(汗)。で、そうやってとにかくデンプンという材料を水に溶ける状態にした上で、今度はグルコアミラーゼという酵素を働かせます。こっちは仕事が丁寧で、そのばらばらになったものをぶどう糖に分解していくんです。ちなみに、ぶどう糖って、グルコースって言うんですよ」
リョウ 「たしか、ぶどう糖っていうのはいちばん単純な糖の単糖の一つだよな」
タクヤ 「最初の回で、さらっと言いましたね」
リョウ 「ということはだ、α-アミラーゼというガキがレゴぶっこわして、グルコアミラーゼというお母さんが『だめでちゅよ~。ちゃんとお片付けするんでちゅよ~』とか言いながら、大小のレゴの固まりを1個ずつ外していくようなイメージだな」
タクヤ 「『だめでちゅよ~』とかは言わないと思います」
リョウ 「賭けるか?」
タクヤ 「賭けません」
リョウ 「しかし、これでやっとぶどう糖が出来るところまで来たな。問題はこっからだ」
タクヤ 「かつてはぶどう糖にアルカリを加えて果糖にするという方法が取られていたんですが、これだと果糖への変換率が35%で効率が悪かったそうです」
リョウ 「100点満点で35点じゃほとんど赤点だな」
タクヤ 「ところが、酵素を使って変換率が42%となる技術が、日本で開発されたのです」
リョウ 「42点だって落第点ぽいぞ」
タクヤ 「7ポイントアップと見てやってください。もっと成績よくなる話は後でしますから」
リョウ 「まだ先があるのか」
タクヤ 「あります。ま、とにかくここで出て来る酵素が、グルコースイソメラーゼという酵素です」
リョウ 「似たような名前が多くて困るな」
タクヤ 「こちらに一覧表がありますので、今出たものを抜き出して表にして示しますね」
酵素 | 機能 |
---|---|
α-アミラーゼ | α-1、4結合を任意の位置で切断する。でん粉の液化、すなわち、でん粉糊液の粘度低下のための部分的加水分解に用いられる。液化酵素と称する。 |
グルコアミラーゼ | ぶどう糖への完全加水分解に用いられる。糖化酵素と称する。 |
グルコースイソメラーゼ(イソアミラーゼ) | グルコース(ぶどう糖)のフルクトース(果糖)への転化、すなわち異性化糖の製造に用いられる。異性化酵素と称する。 |
※独立行政法人農畜産業振興機構《お砂糖豆知識[2004年7月]日本スターチ・糖化工業会》でん粉糖化工業で用いられる主な酵素による。
変換率42%じゃ果糖ぶどう糖液糖にならん
リョウ 「でもちょっと待てよ。これだとぶどう糖果糖液糖は作れても、果糖ぶどう糖液糖は作れんじゃないか」
タクヤ 「お、隊長、鋭いですね。そのココロは?」
リョウ 「だって、前回のお前の説明では、果糖ぶどう糖液糖は果糖が50%以上90%未満のものだったよな。果糖が50%未満のものはぶどう糖果糖液糖と呼ぶんだ」
タクヤ 「大ピンポン」
リョウ 「どうしてくれるんだ、オイ」
タクヤ 「まず、グルコースイソメラーゼで果糖に変換した後、ろ過等を経て精製して、水分を飛ばして42%までにするんですが、そこからさらに果糖の純度を高める技術があるんですよ」
リョウ 「どうやって」
タクヤ 「クロマトグラフィーという方法で分離するんですね」
リョウ 「クロマトグラフィーねぇ。高校のときだったか、ペーパークロマトグラフィーというのはやったな」
タクヤ 「あれは濡れたろ紙にサインペンの黒インクなどをつけると、いろんな色に分かれていくとかですよね」
リョウ 「黒インクを構成するいろいろな色のインクそれぞれで、濡れたろ紙の上を移動する速さが違うからそうなるんだった」
タクヤ 「そんな風に、物質の性質などの違いを使って分離する方法をまとめてクロマトグラフィーっていうんですね」
リョウ 「ふーん」
タクヤ 「今は果糖の純度を90%以上にまでにできる分離装置が出来たので、高果糖液糖という分類も出来たわけです」
リョウ 「ようやるわ」
タクヤ 「すごいでしょ」
リョウ 「でもなー。この前聞いたように、異性化糖はいろいろメリットがあるということはわかったんだけど、誰が何でこんな複雑なことをしてまで異性化糖を欲しがったのか、そこんところがどうもわからんね」
タクヤ 「サトウキビ砕いて搾って沈殿させて濃縮とかっていうのに比べると、たしかに込み入ってますよね」
リョウ 「ナゾだ」
タクヤ 「じゃ、次回その話をしましょう」