農業生産と環境負荷/遺伝子組換え作物のメリットと安全性

遺伝子組換えトウモロコシ(左)と非組換えトウモロコシ(記事とは直接関係ありません)
遺伝子組換えトウモロコシ(左)と非組換えトウモロコシ(記事とは直接関係ありません)

次に、遺伝子組換え作物の問題について考えよう。遺伝子組換えというのは、生物の細胞からある性質を持つ遺伝子を取り出し、他の生物の細胞の遺伝子に導入して新しい性質をもたせることを言う。遺伝子組換え作物とは、その技術を用いた作物品種ということである。従来の交配・選抜による品種改良は生殖が可能な同士(つまり同じ種)でしかできなかったが、遺伝子組換え技術では、種を超えて形質を移転できるところが特徴だ。

除草問題を解決するグリホサート耐性品種

 遺伝子組換え作物で有名なものは、除草剤の影響を受けない品種だ。

「ラウンドアップ」(グリホサート除草剤)という除草剤があり、これはホームセンターでも販売されている。グリホサートという成分が効くもので、植物がグリホサートに触れて吸収すると、植物に独特の体の中の作用の邪魔をして、たいていの植物は枯れる。だから、通常、農業生産の現場でこれを使うには、作物の芽が出る前に使わなければならない。

 ところが、ある種の細菌は、上記の植物と同じ作用を持っているものでありながら、グリホサートに邪魔されない性質を持っている。そこで、その性質を遺伝子組換え技術によって作物に導入したのが、グリホサート耐性品種(ラウンドアップレディー品種)というものだ。現在、これにはダイズ、トウモロコシ、キャノーラ(ナタネの食用油用品種)、棉花、アルファルファ、テンサイなどがある。

 なぜ、このような品種がもてはやされるかというと、播種し発芽した後、作物の上からグリホサート除草剤を散布してもその作物は枯れず、雑草のみを枯らすことができるためだ。生産者にとっては除草が非常に簡単になり、大幅な省力化につながる。

 もともと、除草というのはたいへん難しい仕事だ。作物が育った後で作物を傷つけずに除草を行うには技術や手間が必要だし、そもそもタイミングを測って行うことも難しい。除草は、ある程度雑草が生えそろって雑草種子がなくなって、しかも雑草が実を結ぶ前に行わなければならないし、機械で除草するなら乾燥が続く日に行うのがよいなど、タイミングがものを言う。このタイミングから外れてしまうと草だらけになる。グリホサート耐性品種とグリホサート除草剤の組み合わせは、この難しさを劇的に解決してくれる。

遺伝子組換え作物は食べて問題ない

 現在では、さらに多くの遺伝子組換え作物が現れており、病害虫耐性のある品種、特定の栄養価が高い品種、保存性の高い品種などさまざまなものが開発されている。今後も多くの品種が現れるだろう。

 ところが、日本では政府が遺伝子組換え作物の利用のルールやしくみを整備した一方、地方自治体のいくつかが条例によって事実上栽培を規制していることなどもあって本格的な栽培はされていない。

 世界で広がりつつある遺伝子組換え作物の何が問題になっているのだろうか?

 まず、「遺伝子組換え」という、何か生命の根源に関わる部分の操作を行っていいのかという、根源的な疑問が大きいのではないかと思う。実を言うと、筆者自身も、最初に遺伝子組換え作物が出始めたときには、そのような懸念を抱いた。思うに、遺伝子組換え作物の問題としていちばん大きなものは、「遺伝子組換え」という言葉の問題かもしれない。この言葉が、何か、禁断の領域に踏み込んでいるような感覚を人に与えているように思う。ここは宗教や哲学にかかわる問題なので本稿では詳しく論じないが、マーケティング上の課題ではあるだろう。

 次に疑われているのは、人間が食べると毒があるのではないかという点だろう。実際にどうなのかと言うと、食べてどうこうなるという危険は、まずないだろう。数世代にわたる動物実験などでも問題は起こっていない。また、最初に遺伝子組換え作物が商品化されたのは1996年のことだが(除草剤耐性品種および害虫抵抗性品種)、それから17年を経て世界各国で大規模に栽培され膨大な量が食用に供されているが、遺伝子組換え作物やそれから作った食品を食べて障害があったという報告は皆無だ。

 一部で問題が起こったように伝える筋もあるが、メカニズムから考えて、そうしたことがあったとは考えにくい。まず、種苗として販売されている遺伝子組換え作物が毒物を生成しないことは、理論的にも実験でも確認されている。しかも、作物の可食部に含まれる遺伝子の量は少ない上、ヒトや動物が食べて吸収する段階では遺伝子もほとんどが分解されてしまう。したがって、食べて影響を受ける可能性は非常に小さいと考えられる。

遺伝子組換え作物は拡散しないか

 遺伝子組換え作物について心配されるもう一つは、環境に与える影響だ。植物の遺伝子を操作し、その植物が屋外で栽培された場合、将来環境に与える影響がどのようであるかわからないという点が、最大の論点だ。とくに懸念材料とされるのは、その品種が野生化したり、在来種と交雑した場合、環境にどのような影響を与えるのか、ということだ。

 これについては、生物多様性を確保するために遺伝子組換え生物の使用について規制を設けるカルタヘナ法という法律があり、管理されている。花粉や種子の拡散状況や在来種と交雑させてみる調査・実験が行われており、その調査の結果が確認されてから使用が承認される。

 これまでに商品化された遺伝子組換え作物では、一般に野生で起こる交雑よりもむしろ交雑しにくく、現状では拡散の心配は少ないと考えていいだろう。

 なお、遺伝子組換え作物について、自家採種(農家が栽培した作物から種を採ること)をしないという契約があることが問題だと指摘されることがある。遺伝子組換え作物はハイブリッド(F1)品種とは限らず、その意味では自家採種が可能なものがある。しかし、遺伝子組換え作物は大きな開発コストがかかっているものであり、もしも自家採種つまり種を購入しないことを認めてしまうと種苗メーカーが開発コストを回収することは不可能になってしまう。植物の新品種は国際条約と各国の法律で知的財産と認められ、育成者(新品種の開発者)の権利は保護されている。

 遺伝子組換えについては、以上のように簡単な説明で終わるが、さらに詳しく知りたい方は、以下のリンク先をお勧めする。かつて、遺伝子組換え作物に反対していた作家が、よく調べてみたら危険でも何でもなく、むしろ非常に役に立つ技術であるということに気づいたという話だ。

●オックスフォード農業会議の衝撃~環境活動家はなぜ転向したのか(上)
http://www.foocom.net/column/gmo2/8469/

 またFoodWatchJapanでも遺伝子組換えについて書かれたものが多い。わかりやすいものとして、以下を挙げておく。

●コロのGM早分かり
https://www.foodwatch.jp/category/science/fskoro/

アバター画像
About 岡本信一 41 Articles
農業コンサルタント おかもと・しんいち 1961年生まれ。日本大学文理学部心理学科卒業後、埼玉県、北海道の農家にて研修。派米農業研修生として2年間アメリカにて農業研修。種苗メーカー勤務後、1995年農業コンサルタントとして独立。1998年有限会社アグセスを設立し、代表取締役に就任。農業法人、農業関連メーカー、農産物流通業、商社などのコンサルティングを国内外で行っている。「農業経営者」(農業技術通信社)で「科学する農業」を連載中。ブログ:【あなたも農業コンサルタントになれるわけではない】