農業生産と環境負荷/農薬・化学肥料が多い日本農業

水田の追肥作業(記事とは直接関係ありません)
水田の追肥作業(記事とは直接関係ありません)

農薬や化学肥料の使用量が日本では多いという指摘は少なくない。筆者もそう見ている。日本で農薬や化学肥料の使用量が多くなる理由はいくつかあるが、温帯モンスーン気候による影響は非常に大きい。

有機栽培推進よりも慣行栽培の高度化を

 日本は非常に多雨な上に温暖である。これは、作物にとっては生育しやすい好条件と言えるが、同時に病害虫も非常に多くなり、さらに雑草も非常に繁茂しやすいという欠点でもある。これらに対応するために農薬の使用量が多くなる。また、多雨であるために、施した肥料が雨で流亡してしまうという事情があり、施肥量も多くなる。

 乾燥、冷涼な国・地域では、雑草の繁茂は少なく、病害虫もかなり少ない。そうした国・地域に比べると、日本での化学肥料並びに農薬の使用量の多さが目に付くということになる。諸外国で有機栽培による作物の流通量が多い半面、日本では化学肥料や農薬を使用している面積のほうが圧倒的に多いという違いの背景には、こうした気候条件の違いもある。

 かと言って、日本では現在のレベルの使用量でなければ作柄が維持できないかと言うと、そうとは言えない。化学肥料、農薬とも、現在の使用量よりも少なくすることは可能だ。筆者自身の栽培指導の中心は、この方向の推進だ。化学肥料や農薬が大量に使用されれば、生産コストを高めるだけではなく、環境への負荷も高まる可能性が大きい。だから日本でも、それらの使用量を減らすべきだ。

 それを考える場合、では有機栽培を増やせばよいと考える向きが多いと思うが、それはハードルの高いことと言わざるを得ない。有機栽培=「化学肥料・化学合成農薬ゼロ」とするには、技術や栽培に適した条件が必要であるし、予期せぬ病害虫の発生に対して打つ手がないとなれば出荷できる量が減って結果的に単位面積当たりのコストが上がる結果となることも多い。

 それよりも着実に効果を上げやすいのは、慣行栽培でありながら化学肥料・化学合成農薬の使用量を減らすことである。有機栽培に比べて圧倒的に栽培面積の多い慣行栽培において、化学肥料・化学合成農薬の使用量を減らすほうが、それぞれの地域・生産者が取り組みやすいことであり、全体の環境負荷を小さくすることができるはずだ。

大規模で無農薬が難しい理由

 化学肥料は、それに頼り切ったり、投入量が多い場合には環境に負荷をかけることになるが、物質そのものが環境に悪いわけではない。では、化学合成農薬はどうだろうか。

 農薬にはさまざまな種類があるが、殺虫剤について考えてみよう。殺虫剤は害虫を殺したいために使うものだが、害虫の天敵も殺してしまうことが問題となる。だから、散布すれば一時的には害虫が減ってよかったということになるが、天敵もいなくなるので、いずれまた害虫が増えてきてまた殺虫剤を散布してと繰り返すことになる。ということは、今の農薬はかなり早く分解してしまうとは言え、散布回数が増えるのでは、やはり環境への負荷があると考えるべきだろう。虫を捕食する鳥獣への影響もある。こうした事情は殺菌剤や土壌消毒剤などでも同様で、一時的にでも環境に負荷を与えているのは間違いない。

 それに対して、無農薬で栽培している人はいるのだから、皆がそうすればいいではないかと考える人も多いだろう。だが、無農薬で栽培している生産者は栽培規模が小さい場合が多い。ところが田畑の規模が大きくなるに従って無農薬での栽培は難しくなるものだ。

 その一例として、ヨトウムシについて説明しよう。

 これはヨトウガという蛾の幼虫で、非常に厄介な害虫だ。ヨトウガは1回の産卵で数百という卵を産み付ける。このため、数日の間に畑全体が食い荒らされるなどということもある。

 これを防ぐために農薬散布を行うのだが、コスト、手間、環境負荷を考えれば毎日農薬をかけるわけにはいかない。そこで畑を見て回り、卵が産み付けられているかいないかを確認し、必要に応じて農薬散布を行うということになる。小規模な栽培であれば丁寧に見て回って発見し、無農薬と決めている生産者ならその卵を取り除いて防除終了とすることもある。

 ところが、ある程度の規模を超えると発見し切れない。となると、予防的に農薬を散布したり、ヨトウムシを発見してから食い荒らされる前に農薬を散布したりということになるのだ。

 農薬を使用しないために、畑を防虫ネットで覆うという方法もあるが、これも大面積となると採りにくい手段だ。

 正直に言って、筆者もヨトウムシには頭を痛めているのだが、今のところ農薬に頼るしか方法はないと言っていいだろう。

 ここで理解していただきたいのは、生産者は農薬を理由もなく使用しているわけではないということだ。以前にも書いたが、最も農薬の危険にさらされているのは散布する農家である。しかも、その散布にはコストがかかる。農家サイドには、農薬を積極的に使いたい理由というのはなく、虫食いがないなど農産物の品質と経営を成り立たせる収量を維持するために農薬の使用が不可避となっているのである。

 農薬の安全性は高まり、功罪いろいろな意見はあるにせよ、未だ農薬の必要性自体は薄れていないのだ。

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About 岡本信一 41 Articles
農業コンサルタント おかもと・しんいち 1961年生まれ。日本大学文理学部心理学科卒業後、埼玉県、北海道の農家にて研修。派米農業研修生として2年間アメリカにて農業研修。種苗メーカー勤務後、1995年農業コンサルタントとして独立。1998年有限会社アグセスを設立し、代表取締役に就任。農業法人、農業関連メーカー、農産物流通業、商社などのコンサルティングを国内外で行っている。「農業経営者」(農業技術通信社)で「科学する農業」を連載中。ブログ:【あなたも農業コンサルタントになれるわけではない】