さて、木酢液の使用や流通は、上記のように条件付きながら法令上は問題ないのだとして、では、これを現実の安全性で考えた場合はどうなのだろうか。
登録農薬よりも安全とは考えられない
筆者の考えとしては、木酢液を食用・食品原料となる農産物に使用することには疑問がある。少なくとも、収穫物に直接散布するようなことは、避けたほうがよいと考えている。
木酢液は天然物由来ではあっても、その製造過程で各種の有機化合物が生成され、その成分のすべてが食べて安全なものではない。たとえば食酢や重曹のように、「その原材料に照らし農作物等、人畜及び水産動植物に害を及ぼすおそれがないことが明らかなもの」とは言えない。むしろ、木酢液は、原材料、製法等によって、発がん性物質が含まれることが知られている。特定農薬への指定を審議する過程でも、用意したサンプルの中に発がん性物質のホルムアルデヒドが高濃度含まれていたといったことがあった。
これに対して、木酢液関係団体からはホルムアルデヒド低減化を図るための製造条件の提案がされた。裏を返せば、木酢液は作り方によってホルムアルデヒドが多かったり少なかったりなど、含まれる物質の量が変わるのである。それをさまざまな事業者が、さまざまな方法で作っている。
その品質については、木竹酢液認証協議会という団体があって、木酢液の品質を保証する認証制度を設けている。しかし、筆者がそのしくみを見たところ、この認証は木酢液の品質自体を一定レベルに保つようには考えられているようだが、木酢液の安全性を必ずしも担保するものではない。農薬取締法のような法的規制の埒外にあるため、たとえば今日農薬登録されている資材に比べれば品質にはばらつきがあるし、安全性の試験があるわけでもない。
こういったものを、リスクが管理されている登録農薬よりも安全なものとは考えにくい。
なお、木酢液についてより詳しくは、特定農薬検討委員会の座長を務められた千葉大学の本山直樹名誉教授が、ご自身のWebサイトで検討の経緯、判断のプロセス、所感を記されているので、ご覧いただきたい。
●本山直樹 Website #8 木酢液・竹酢液について(2009年11月6日)
https://sites.google.com/site/naokimotoyama/old/2009/20091106
これには、「供試した市販の木酢液4種類、自家製木酢液1種類の全てからS-9 Mix添加条件下で変異原性陽性の反応が得られた」とも記されている。変異原性は発がん性に関係する。その上で「農薬の場合は変異原性陽性の物質は、次の開発の段階には進まないのが普通のようである」とまで記されている。
農薬開発企業にとってみれば、それだけリスクが高い資材と見えるということだろう。
“天然物=安全”と考えるのはあまりにも短絡的
天然物由来の資材としては、他にこんなものもある――バケツに水を入れて、そこに煙草の吸殻を捨てる。その水は殺虫効果があるとして使用している。そんな話を聞いたことがある。
これには当然タバコの有害物質が大量に含まれているわけで、確かにこれを浴びるなり触れるなりした虫は死ぬ。しかし、これはどう考えても一般に使用されている農薬よりも危険な資材であり、絶対に使うべきではない。
ところが、特定農薬の指定の検討に当たって、関連する資材の情報を一般から募ったところ、このタバコ抽出液が含まれていたということである。特定農薬候補として検討してほしいと寄せてきたということは、実際に使用していたと考えて間違いないだろう。これは極端な例としても、“天然物であれば化学的・工業的に製造された農薬よりも安全”と考えてしまう人がいることは明らかだ。
“天然物=安全”と考えるのはあまりにも短絡的である。農薬取締法に基づいて登録された農薬というものは、これまで述べてきたように、どのような効能があるのか、一方危険がどこにあり、どのようにすれば危険を減らすことができるのかを試験によって確かめた上で登録されている。ベネフィットもリスクも、我々の科学で可能な限り解明されていると言える。これに対して、いわゆる天然物由来のもの、農薬取締法に基づいて登録されていない資材というものは、どのような危険があるのかがわからないものと言える。この点は、誰しもがしっかりと押さえておくべき点だ。
農薬の安全性については多くの考えるべき点があり、簡単に結論を出すことはできない。そして、この難しさは“農薬ならぬ農薬”についても等しく抱えている問題である。しかも、前者はリスクをコントロールするべきとする考え方が浸透しているのに対し、後者はリスクがコントロールされていない場合がほとんどだ。
「安心」と言えば情緒・感情の問題であるが、こと「安全」であるのかそうでないのかについては、情緒的、感情的な要素を注意深く抑え、科学的事実にもとづいて冷静に判断しなければならない。