化学肥料の問題点は“依存”にある

先に、化学肥料を与えるだけの栽培を続けていると、農産物を生産する畑としての機能を失ってしまうと書いた。そのメカニズムをもう少し詳しく見ておく。

化学肥料自体に問題はなく化学肥料依存が問題

 化学肥料というのは、植物に必要な栄養分を人工的に化合して作ったもので、たとえば窒素肥料であれば、窒素と別の物質がくっついている。窒素肥料の代表的なものに硫安があるが、これはアンモニウムイオン(NH4+)と硫酸根(SO4)がくっついたものだ。このアンモニウムイオン中の窒素(アンモニア態窒素)は植物が吸収するが、硫酸根は土壌に残る。これを一般に副成分と呼んでいて、植物の生長について一定の役割もあるもののさほど必要なものではないため、これが土壌に残る量は増えていく。そして土壌に残留する副成分があまりにも過剰になると、栽培にも悪影響を及ぼすようになってしまう。

 塩化カリというカリウムの肥料があるが、これは、カリウム(K+)と塩素(Cl)がくっついたもので、これもカリウムは植物が吸収するが、塩素は残ってしまう。これもまたあまりにも過剰であると、植物に害を及ぼすようになる。「塩類集積」という現象なのだが、どのようなものかというと、浅漬けを思い浮かべるとわかりやすい。

 浅漬けというのは、野菜に塩を振り、上から重石などを載せて作る。こうすると浸透圧によって一晩のうちに野菜の中の水分が抜け、野菜の細胞内部に塩分が染み込むわけだ。土壌に塩類が集積すると、これと同じ現象が起きる。植物は根から水や栄養を吸収するが、土壌の塩類濃度が高くなると、根が水を吸収しようとしても、むしろ根から水が抜ける力が働いてしまうのだ。塩類集積が進んで土壌の塩類濃度が高くなると、植物は水を完全に吸収できなくなり、枯れてしまう。

 この塩類集積を防ぐためには、土壌診断により適正な施肥を行うなどの対処方法が有効であると、指導書などには書かれている。間違ってはいない。しかし、誤解していただきたくないのは、塩類集積が化学肥料の多投によるとは言えないということだ。

 と言うのも、まず化学肥料を使用する以前から塩類集積の問題はある。日本のように降水量の多い国では、水は雨水として上から来て土壌に浸透し、地下水になるというように、上から下へ向かうイメージがある。ところが、乾燥地帯では地表が乾き、むしろ地下水が毛細管現象によって地下から表面へ向かい、水が蒸散する。つまり、雨が多い地域とは逆に、水は下から上へ向かって進む。すると、地下水や土壌中に含まれていた塩類が、土壌表面に集められた上で取り残され、結果、塩類が地表付近に集積するという現象が起こる。砂漠化と呼ばれる現象だが、これは自然の影響や灌漑の失敗によるもので、化学肥料を使うかどうかとは関係がない。

 降雨が多い日本では、土壌表面に塩類があっても水とともに地下に浸透するため、仮に化学肥料の使用量が適切でなくとも、露地栽培で塩類集積による土壌劣化が問題になることはほとんどない。ただし、雨の影響を受けないハウス栽培では注意が必要だ。ハウス栽培では施肥に細心の注意を払わないと、塩類集積が起きやすい。

 いずれにせよ、露地である限り、日本の畑で化学肥料を度を超して大量に施したとしても、大きな問題は起きにくい(むしろ、「自然環境を守るため」などと称して堆肥を盛んに使う向きがあるが、未熟な堆肥を投入するほうがはるかに悪い結果につながりやすい)。

 ここで押さえていただきたいのは、化学肥料使用で最も問題になる点は、化学肥料だけに依存し有機物の還元を怠ることで土壌が畑として機能しなくなる可能性があることという点であり、化学肥料を使うこと自体が即栽培や作物に悪い影響を及ぼすというわけではないということだ。重要なことは、化学肥料を使うかどうかではなく、土壌の適切な管理ができるかどうかである。

農薬と化学肥料は食糧増産に貢献した

 ここまで化学肥料や農薬の功罪の“罪”の部分を説明してきたが、功罪の“功”はどんな部分だろうか。

 農薬については、農家を長年悩ませてきた虫害、病害、雑草を容易に、しかも劇的に減らすことができた。

 化学肥料は、下肥や堆厩肥(堆肥と、家畜糞尿や敷わらで作った肥料)を畑に施すための膨大な手間を省き、単位面積・労働力当たりの収量を大幅に増やした。

 このように、農薬と化学肥料は食糧増産に大いに貢献した。おそらく、化学肥料や農薬がなければ、現在の世界人口はまかなえなかっただろう。日本国内の人口さえ、支えることはできなかったはずだ。

 ただし、化学肥料や農薬に過度に依存すると、さまざまな弊害がを生じることが、徐々にわかってきた。

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About 岡本信一 41 Articles
農業コンサルタント おかもと・しんいち 1961年生まれ。日本大学文理学部心理学科卒業後、埼玉県、北海道の農家にて研修。派米農業研修生として2年間アメリカにて農業研修。種苗メーカー勤務後、1995年農業コンサルタントとして独立。1998年有限会社アグセスを設立し、代表取締役に就任。農業法人、農業関連メーカー、農産物流通業、商社などのコンサルティングを国内外で行っている。「農業経営者」(農業技術通信社)で「科学する農業」を連載中。ブログ:【あなたも農業コンサルタントになれるわけではない】