国内初の遺伝子組換え商業栽培なるも、規制は続く

 2009年11月3日、国内で栽培された遺伝子組換えの青いバラ、アプローズの販売が開始され、同月22日には、鳩山由紀夫首相から米国Obama大統領にも贈られた。アプローズはテレビや新聞で取り上げられ、人気も高く、今も入手しにくい状況が続いている。しかし、09年は国内での遺伝子組換え作物の栽培が拡大することはなかった(10月19日付け「百聞は一見にしかず――遺伝子組換え作物展示栽培の意義」1参照)。このように、野外の栽培が広まらない背景には、農林水産省の第一種使用に関する指針に加えて、自治体が独自の規制を行っていることがある。このため、市民が遺伝子組換え作物の環境に対する影響について懸念や不安を抱いてしまうのだろう。

 自治体による規制の状況を見ると、現在、遺伝子組換え作物規制条例を持つのは北海道と新潟県で、指針を持つのは7都府県だ(岩手県、滋賀県、茨城県、東京都、徳島県、京都府、兵庫県)。少なくとも1年に一度、指針検討委員会などが規制の見直しを行っている。その結果、栽培の申請なしという報告がほとんどである。

 具体的に見ると、最初に条例を作った北海道(06年1月)では、条例に記載された3年目の見直しが行われた。今年1月31日には道庁赤れんが庁舎で、市民を交えたワークショップ(WS)を実施。WSには生産者、主婦、行政関係者などさまざまな立場の人が参加した。遺伝子組換え作物の栽培に意欲的な大規模経営農家がいる一方、遺伝子組換え作物の栽培禁止こそが日本の環境を守るのだから、北海道が事実上栽培を禁止した条例は有意義なものであり、見直しなど行うべきではないとする研究者もいた。3月8日には、北海道食の安全・安心委員会遺伝子組換え作物交雑等防止部会が開かれ、北海道では国内外の事情に鑑み、3年後にも条例を見直することを決めた。

 加えて、08年に規制を検討中だった3県(宮城県、千葉県、神奈川県)のうち、宮城県と神奈川県に動きがあった。

 宮城県は「遺伝子組換え作物の栽培に関する指針」(中間案)に対するパブリックコメントを募集し、10月19日に締め切った。指針案は、遺伝子組換え作物栽培において、「公正と透明性の確保を図り、県民の不安を軽減するための情報の収集・提供を行い、一般作物との交雑・混入防止対策を進める」ことを策定の目的としている。無届け栽培に対して知事が指針順守を求めても応じなかった場合には、栽培者を公表して試験中止が求められる、また、種子提供者には次年度種子供給の停止を要請できると書かれており、種子提供者へのこのような要請は、今までの国内の規制にはない考え方である。

 神奈川県は5月13日、遺伝子組換え農作物の交雑等の防止検討委員会と同委員会専門部会を合同で開催し、「神奈川県遺伝子組換え作物交雑等防止条例(仮称)」に関する検討を行った。条例には罰則が伴うことから、他都道府県の規制における罰則に関する調査と議論がなされ、海外との共存のガイドライン策定状況も合わせて検討された。10月16日から11月16日まで、条例骨子案に関する意見募集が行われたが、骨子案には、罰則規定の具体的な記述は条例案には含まれていない。

 並行して9月4日には、「e-かなフレンズ」というモニターを対象とした遺伝子組換え作物の栽培規制に関するアンケート集計結果が報告された(募集期間8月10日~28日、回収数279人)。この技術が食品・環境分野で役立つと回答した人は69%だったが、環境への影響があるとする人83%、食べることへ不安を感じる人は79%で、規制の必要性を認める人は88%だった。条例が必要な理由として、70%が「一般作物と交雑・混入する可能性」を、61%が「環境への影響や食品の安全性への不安」を、51%が「表示制度の適切な運用」を、34%が「生産・流通における混乱や風評被害の懸念」を挙げた。今後、このような声が解消されるような運用を期待したい。なお、今後の同県の予定は公表されていない。

 このように遺伝子組換え技術の植物の利用が実用化に至らない一方、経済産業省産業構造審議会遺伝子組換え技術委員会では、多くの遺伝子組換え微生物の安全確認が終わっている。同委員会は、カルタヘナ法整備後の04年2月から08年2月までに、680件(遺伝子組換え植物が1件含まれる)、70事業者の申請に対して経済産業省において大臣確認が行われている。確認された主なものは、遺伝子組換え微生物を用いて得られる試薬、酵素、医薬品中間体などである。しかし、このように多くの遺伝子組換え技術によって得られた物質が実際に使われていても、酵素などには表示義務がないため、一般市民は遺伝子組換え技術が、私たちたちの暮らしに取りこまれ、安全に使われていることを知らない。

 09年はカルタヘナ法施行5年に当たり、環境省が中心になって、農林水産省、経済産業省など関係する省で見直しが行われた。中央環境審議会野生生物部会遺伝子組換え生物小委員会では、「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律(カルタヘナ法)の施行状況の検討について」の意見が5月18日から6月17日まで募集された。28通の意見書が寄せられ、41の意見に整理され、8月26日、同小委員会委員長より、野生生物部会長に報告された。

 第二種使用については、大臣確認のための手続きが煩雑であったり、確認作業に時間がかかり、研究・開発・産業化を消極的にしてしまうのではないかという意見、第一種使用については、隔離ほ場における試験栽培と商業栽培が同じ基準のもとで審査されることには問題があるのではないか、試験栽培中で申請に必要な知見が得られるプロセスが認められてもいいのではないかという意見があった。特に、同じ第一種使用でも、研究開発のためのと産業利用のための使用の様態の違いを考慮した評価が必要であると、環境省が回答していることが注目される。

 いずれにしても、遺伝子組換え微生物分野で実用化の状況に比べ、遺伝子組換え作物の実用化は余りにも遅れている。実用化の前提となる試験栽培もできない現状に対し、より多くの人が問題意識を持つべきだと思う。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

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About 佐々義子 42 Articles
くらしとバイオプラザ21常務理事 さっさ・よしこ 1978年立教大学理学部物理学科卒業。1997年東京農工大学工学部物質生物工学科卒業、1998年同修士課程修了。2008年筑波大学大学院博士課程修了。博士(生物科学)。1997年からバイオインダストリー協会で「バイオテクノロジーの安全性」「市民とのコミュニケーション」の事業を担当。2002年NPO法人くらしとバイオプラザ21主席研究員、2011年同常務理事。科学技術ジャーナリスト会議理事。食の安全安心財団評議員。神奈川工科大学客員教授。