大学の生き残り競争が激化していることは、もはや多くの人が知っていることだろう。一人でも多くの学生を確保するため、社会に向けてイメージアップを図ることは重要な戦略だ。そんなことを意識してのことだろうか、最近では市民向けの公開講座を開催する大学が多い。中には、10回以上のシリーズとして継続する場合もあるので、そのような講座であれば、受講生同士の交流を図ることをお薦めしたい。受講生には意識の高い市民が集まっているのだから、講座を通じて学ぶうちに、何かを始めたくなるものだ。公開講座は、市民活動のインキュベーターとなり得るのだ。今回は、私が実際に体験した公開講座をいくつかご紹介しよう。
いまや、大学は若者だけが学ぶ場所ではない。「もっと続けて勉強したい、理解した情報を社会に伝えたい」という想いを持ったシニア世代を集め、活発に議論する場として活用されるようになってきたのだ。その中でも効果的なのが公開講座。受講生は意欲のある市民が中心となるので、受講生同士で自己紹介したり、受講動機を話してもらったりと交流するだけでも、新しい活動が生まれやすい。ワークショップ形式の授業、懇親会、メーリングリストを活用した意見交換なども有効だ。
私が実際に参加した公開講座は、お茶の水女子大LWWC(ライフワールド・ウオッチセンター)の「化学・生物総合管理の再教育講座」である。化学物質や生物のもたらすリスク評価や管理に関して広範な知識習得を目的にして企画された。この講座では、2004~08年の5年間、文部科学省の委託事業として221科目を開講し、合計3307人に修了証を発行した。1コマは90分で、1科目15コマからなり、毎回小レポート、終了時に最終レポートの提出が求められる。本講座に対する文科省の総合評価は厳しく「B」であったが、個人的評価は堂々の「A」である。そうはいっても、講座の名称はマーケティングのセンスに欠ける。「再教育」では、落ちこぼれ対策に聞こえそうなので、「最新」にすべきだったと考えている。
私も本講座を受講し、合計21科目で修了証をいただいた。本講座のモットー「互学互教」にならい、最後の年には、私自身も食品表示について講師を務めた。謝礼は全くなく、原則手弁当だが、他人に話そうと準備することで、しっかり再勉強できたことは大きな収穫だった。このLWWCの講座が基になり、現在、いくつかの市民活動が生まれている。そのうちの2例を紹介しよう。
1つ目が、自主サイエンスカフェ「科学ひろば」である。07年、「科学コミュニケーション学概論:科学技術と社会に関する議論」を学んだ受講生が立ち上げた活動だ。コンセンサス会議やサイエンス・ショップなどの科学技術コミュニケーションを学んでいるうちに自分たちでもやってみようということになった。講師の人々もアドバイザーとして加わった。サイエンスカフェは、個人レベルでも開催可能なのである。
初回は07年2月に、「原子力と科学ジャーナリズム」というテーマで新聞社OBの人を招いて開催。その後、都内の喫茶店や会議室を会場にして、10年3月までに計12回を開催した。ほかのサイエンスカフェを参考に、生活者の目線にこだわりながら意見交換に多くの時間を割いている。私も何回か参加したが、有意義な意見交換ができていて、参加者と話し手の満足度は高そうである。09年はサイエンスアゴラに「クローズアップ!第4期科学技術基本計画」というテーマで参加し、意見交換を行っている。
もう一つが、「食のコミュニケーション円卓会議」だ。この活動は、06年に、「化学物質総合管理学特論5:食のリスク評価・管理の基礎」を学んだ受講生が主体になって立ち上げた。テーマが身近な食品だっただけに、受講生は食品企業や行政、食品関連団体、学生に加えて、一般市民・主婦も多かった。講義では特に、食品添加物や農薬というのは基本的に問題がなく、遺伝子組換え食品や照射食品も国際的に広く受容されていて安全であるという内容が受講生を驚かせた。「科学ひろば」と同様に、講師の人々も仲間として加わってもらった。照射食品、食品廃棄ロス削減、遺伝子組換え等をテーマにして、勉強会や見学会を続けてきた。09年には独自サイトを開設し、情報発信を開始した。私も本会の会員であり、FoodScienceのライター数名も加わっている。
このような市民団体による自発的活動のPR効果は抜群である。大学はこうしたプログラムを実行できる数少ない貴重な場なのだから、それを積極的に活用し、新たな市場を開拓すべきである。もちろんターゲットは若者だけでなく、シニアであり、それに加わりつつある団塊世代だ。そうした年代の人々で、お金と時間の余裕を併せ持ち、学ぶ意欲の高い者は少なくない。今回は、お茶の水女子大学LWWCが母体になっている講座や団体を紹介したが、ほかの大学でもぜひ実施していただきたい。
そのようなことを考えていたら、「武蔵野地域自由大学」という試みを発見した。武蔵野市と地域の5大学(日本獣医生命科学大学・亜細亜大学・成蹊大学・東京女子大学・武蔵野大学)が連携して、市民に対し継続的な生涯学習の機会を提供している。一般学生とともに授業を聴講でき、条件が整えば独自の称号記(学位記)を受けられるという制度もある。一般市民を同席させれば、若い学生とも交流が生まれるので一石二鳥だろう。シニア世代の人生経験と授業に向かう真面目さは、若者によい影響を与えないわけがない。今後、社会に向けた新しい試みが、大学から次々と生まれてくることを願っている。(食品技術士Y・横山勉)
※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。