現在、都会では虫食いのように空いた土地が生じている。コインパーキングに活用されるケースが多いようだが、そんな都会の土地で田んぼを作ってみてはいかがだろうか。「都会で田んぼ!」のススメである。これにはさまざまなメリットが秘められている。
多摩川の支流に野川という川がある。この川に接して、東京都小金井市の市街地から少し離れた所に野川第一・第二調節池がある。調節池といっても水はなく、子供達が遊ぶ原っぱである。ここに、田んぼが作られた。田んぼでは、初夏に田植えを行い、除草作業や水の管理を行い、秋にはイネ刈り(写真)が行われた。採れたコメで収穫祭を行い、新米を皆で味わう。実際にこういう活動を行うと、普段食べているコメにどれだけの人と手間がかかっているかを理解できるようになる。
この田んぼは、2003年施行の自然再生推進法に基いて作られた。目的は過去に損なわれた生態系やそのほかの自然環境の再生や保全などを推進することだ。現在、全国20カ所で作られているうちの一つであり、07年にスタートした。事業主体は東京都で、実際の管理は市民団体「野川自然の会」が行っている。田んぼの隣りに造成した湿地と共に、周囲の生物のモニタリングを継続している。トンボ類の増加など生物多様性の回復傾向が確認されている。
自然再生事業が対象とする範囲を「野川自然の里」といい、田んぼの愛称を「とんぼたんぼ」という。田んぼに棲む生物のことを考え、冬場も水を抜かずに耕さない「冬期堪水不耕起栽培」や無農薬・無化学肥料で取り組んでいる。事業の一環として、田んぼを作ることに対して、「田んぼが自然なのか」という異論が出なかった訳ではない。しかし、作ってみると隣の湿地以上に多様な生物を密度高く養っている傾向が確認できた。生態学を研究する東京大学大学院農学生命科学研究科の鷲谷いづみ教授は『自然再生』(中公新書)の中で、「西欧の征服型戦略農業に対し、水田は共生型であり、複雑な生物多様性を有する里山生態系の核となる存在」と述べている。そのことが実感できる結果だ。
今年は、7月の多雨と日照不足により生育・出穂が遅れた。細川護熙政権が誕生した93年のコメの作況指数は「著しい不良」の74で、平成のコメ騒動が勃発した。政治を含めて当時と状況が似ていると言われ、心配したものである。幸い8月以降の天候は持ち直し、全国平均の作況指数は98の「やや不良」(10月15日現在)と予想されている。コメの作柄は、葦原瑞穂の国の民にとって重大な関心事であってほしいと、田んぼに接していて強く感じるものである。
田んぼには、人を集める力がある。周辺の住民はもちろん、野川を散歩する人、かつて農家だった人、ネットで探してきた人などが集い交流が生まれる。田んぼは自然再生だけでなく、地域コミュニティーの再生・活性化にも貢献する。
もう一つ注目すべき田んぼがある。「銀座でコメづくりプロジェクト2009」の活動で、JR有楽町駅から数分の銀座1丁目に作られた田んぼだ。畦代わりに丸太を組み、防水シートを敷き、茨城県から水田用の土壌を運び込んだ。代掻き、田植えに始まりイネ刈り・収穫祭に至るまで、地元の小学生らを招いていくつかのイベントが行われた。
同じ敷地内に、屋根を備えた東屋が設けられている。ここの活用方法が興味深い。このプロジェクトに協賛している農業や食品にかかわる18社や、協力している100の農家「コメ100姓」の商品紹介や販売会の会場としても活用されているのだ。銀座の真ん中であるため、集客力が大きく、PR効果が高い。そのほかに、パーティーなどの会場として市民に向けて貸している。料理や飲みものは、近くのレストランから出前できる。
この田んぼの管理やイベントなどの運用を実際に行っているのは、銀座農園である。ビルの屋上菜園など農業と関連付けた不動産活用を展開しているユニークな会社である。同社の飯村一樹社長は農家出身で、「イベントやレンタル会場として活用することで、コインパーキングと同等の収益を上げられる」と話す。それだけではない、イネの状態を見に来る人、飼っているカルガモに餌をやりに来る人など周辺の人々が自然に集まって来る。それまで、話したこともなかった人々の間で会話が生まれ、交流が始まるという。
現在、都会では空地が目立つ。コインパーキングの活用だけでなく、田んぼを作ることを土地オーナーや自治体に検討いただきたい。(1)ビジネスとして成り立つだけでなく、(2)地域コミュニティーの活性化に寄与し、(3)農業や食品への市民理解も進むのである。周辺住民にも歓迎され、土地を貸すオーナーの満足度も高いに違いない。(食品技術士Y)
※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。