「エコナ」問題の本質はどこにある?

FoodScienceで「エコナ」関連記事が多く出ています。「エコナ」問題の課題は、新たに発見されたハザードへの対応と、特定保健用食品(トクホ)という制度がはらむものとの2つに分類できます。新たに発見されたハザードについてはこれまでもトランス脂肪酸やアクリルアミドという事例があったのですが、グリシドール脂肪酸エステルだけがこれだけの騒動になったのはなぜなのでしょうか。トクホについては国際的に認められない根拠を採用していることが明確になりつつあることもあり、これまで本当に国民の健康増進に効果があったのかどうかを、科学的に検証して見直すべきだと思います。消費者庁にそれができるのかどうかは分かりませんが……。今回は「エコナ」問題について整理したいと思います。

 まず「エコナ」という商品ですが、これは「高濃度にジアシルグリセロールを含む食品」という呼び方をされています。グリセリン(プロパン-1,2,3-トリオール、つまり炭素3つの飽和炭化水素に水酸基が3つついたもの)に脂肪酸が3つエステル結合しているものがトリアシルグリセロール(TAG)で、普通の食用油脂はほとんどがTAGです。脂肪酸が2つエステル結合しているとジアシルグリセロール(DAG)、1つだとモノアシルグリセロール(MAG)と呼ばれます。エコナはDAGが80%以上、TAGが最大20%、MAGが最大5%という組成の油脂です。グリセリンにはアルコール性の水酸基が3つありますから、エステル結合できる場所が3カ所あり、それぞれ1、2、3位と番号がついています。構造上、DAGには1,3-DAGと1,2-DAGの2つが存在し(真ん中が空いているかどうか)、モノアシルグリセロールには1-MAGと2-MAGが存在します。

「エコナ」はナタネ油やダイズ油に含まれる脂肪酸であるオレイン酸、リノール酸、リノレン酸などをグリセリンに結合させて合成した商品で、DAGの中でも1,3-DAGがより多く含まれています(花王のサイトによれば1,3-DAGが70%で1,2-DAGが30%)。少し面倒かもしれませんが、この位置の違いが重要なのです。

「エコナ」はヨーロッパでは普通の食用油としては2004年にEFSAが安全性を審議して、トランス脂肪酸含量を通常の植物油と同じ1%未満に下げることを条件に、「新規食品として安全性に問題はない」と結論を出しています。さらに、申請者は乳児用ミルクやフォローアップミルクには使用する意思はないと付け加えています。

 この時に問題となったのはトランス脂肪酸含量が4%とほかの植物油に比べて多いことでした。トランス脂肪酸は摂りすぎると心疾患リスクの増加に寄与するとされています(トランス脂肪酸については先の記事参照)。この件については現在では解決済みのようですが、EFSAが指摘したことで当時日本で販売されていたエコナや関連商品が販売を自粛をしたということは私の記憶にはなく、販売を継続したまま改良を行ったと思われます。なおヨーロッパでの健康強調表示は認められていません。米国では2000年にGRAS(Generally recognised as safe)認定されています。

「エコナ」の日本での審議の経緯については食品安全委員会がまとめた資料がありますのでそちらを参考にしてください。98年に食用調理油がトクホとして認可され、03年にマヨネーズタイプの申請の際に、念のために発がんプロモーション作用について調べるように指摘されたことがその後の審議の直接のきっかけです。

 日本では03年に食品安全委員会が発足し、「エコナ」の発がんプロモーション作用について、審議が始まっています。そもそもなぜ発がんプロモーション作用を調べることになったのかといいますと、DAGという物質が細胞の信号伝達を司る重要な役割を持っているということが生化学の世界で知られていたからです。

 細胞膜は、リン脂質と呼ばれるグリセロールなどにリン酸と脂肪酸が2分子結合した形の脂質からできています。このリン脂質からホスホリパーゼという酵素の働きでリン酸部分が外れるとDAGができます。DAGはプロテインキナーゼC(PKC)という酵素を活性化して細胞のがん化などにつながる各種反応を誘発します。PKCの分離と役割解明で非常に大きな貢献をしたのが西塚泰美(にしづかやすとみ)先生で、論文の年間引用数でベスト10に入った日本人として有名です。そしてマウスの皮膚二段階発がんモデルで発見されてきた発がんプロモーターと呼ばれる一連の化合物の作用メカニズムがPKCの活性化であるということを日本の研究者が中心になって明らかにしてきました。化学発がんやPKCの作用というのは日本の得意とする分野なのです。ところで、PKCを活性化する作用があるのは1,2-DAGのみで、1,3-DAGにはPKC活性化作用はありません。

 また、「エコナ」の「脂肪がつきにくい」という主張の根拠になっているのは、腸で脂肪を分解して吸収する際に働く酵素であるリパーゼが、グリセリンの1と3の部位に基質特異性が高く、2の部位(つまり真ん中)にある脂肪酸は解離し難いということです。油脂から分離した脂肪酸はβ酸化というプロセスでエネルギーの産生に使われる割合が高いとされます。2-MAGは腸細胞に取り込まれ、再度脂肪酸が結合してTAGに変換されます。これが血中の中性脂肪になるわけです。

「エコナ」の場合1,3DAGが主成分ですので2-MAGが生じる割合は少ないとされます。このために「エコナ」は血中の中性脂肪濃度が上がりにくいという主張がなされているわけです。ただしこれはあくまで生化学反応の違いについての説明であり、油脂としてのエネルギー量はエコナも普通の油脂もほぼ同等です。実はこの段階で、同じカロリーの油とごはんを食べると、体内で脂肪になるのが早いのは油かもしれないけれど、最終的にはどちらも余分なカロリーなら脂肪として蓄えられることに変わりはないのではないかという疑問が浮かぶのですが、そのことについての説明はなされていません。

 食品安全委員会での審議においては、極端にがんを発症しやすいトランスジェニック動物(遺伝子組換えネズミ)を使った実験のデータが安全性評価に使えるかということと、トクホというカテゴリーの食品の安全性をどう評価するのかということが主な論点になっていたように思います。遺伝子組換え動物については、それだけのデータから判断するというのはあまり普通ではないために、別の実験が要求されその結果を待つというプロセスが何度か繰り返されています。

 トクホについては、日本に特有の事情で食品安全委員会は有効性については評価しないという決まりになっているため、リスクとベネフィットの関係を評価するということができません。これが評価にかかわる委員をいらだたせる原因の一つになっています。そして食品安全委員会で「エコナ」を評価している委員会が「新開発食品・添加物合同調査会」となっていることからも分かるように、「エコナ」には普通の食品としての安全性が求められているのか、食品添加物並みの安全性が求められているのかについてのコンセンサスがないようでした。

 一般論として、食品添加物には一般の食品に比べてはるかに高い水準での安全性が要求されています。動物実験での無影響量であるNOAELに安全係数をかけてADIを設定するという手続きは、実質的にはゼロリスクを要求していることになります。しかし一般の食品にはそこまでの安全性は求められていません。そのようなことをしたら食べるものが無くなってしまうからです。EFSAや米国が「エコナ」を認めているのはあくまで「一般的食品としては安全」ということであって、毎日それだけを食べるようなことは前提にしていません。多様な食品の中の一つとしては問題がないということです。しかしトクホというものがそれで良いのかどうかについては、これまで議論があったわけではなく、合意ができているとは思えません。

 そこへ新たにグリシドール脂肪酸エステルという不純物の存在が明らかになったわけです。グリシドール脂肪酸エステルがグリシドールになるかどうかすら不明な中で、突然の政治的介入によりトクホの自主的返上という事態に至ったわけです。

 グリシドール脂肪酸エステルはヨーロッパの報告によれば多くの食品から検出されており、新たに分かった物質ですから、どのような食品にもそのようなものが新たに検出される可能性はあります。従って「エコナ」だけが問題なのではなく、現状どれだけの食品にどれだけ含まれているかの調査から始めないといけないという段階です。ちょうど02年に食品中からアクリルアミドが発見されたのと同じように、世界中で協力して分析技法を確立し、生物学的な役割を解明し、リスクがどの程度であるのかをこれから確認していかなければならないというものです。

 グリシドールについて少し説明します。グリシドール脂肪酸エステルが仮に100%グリシドールになると仮定すると、「エコナ」に検出されているグリシドール脂肪酸エステルの最大量からグリシドールは最大80 mg/kgと推定され、1日10gの摂取量なら0.8 mgです。

 グリシドールの構造はアクリルアミドの主要活性化体であると考えられるグリシダミドによく似ていて、遺伝毒性の原因はエポキシ構造にあると考えられます。The Carcinogenic Potency DatabaseによるTD50(50%の動物にがんを誘発すると考えられる濃度)がアクリルアミド6.15、グリシドール4.28 mg/kg/日ですので、グリシドールとアクリルアミドは発がん性の強さについてもよく似ていると言えます。アクリルアミドについては食品中の濃度はよく調べられていて、日本のデータですとポテトスナックに最大4.7mg/kgという数字が農林水産省から発表されています。

 このポテトスナック100gを食べると0.47mgのアクリルアミドを摂る計算になります。つまり「エコナ」に存在するかもしれない発がん性物質による発がん性というのは、最悪でもポテトスナックを食べた場合の発がん性と同程度、と言えるでしょう。アクリルアミドについては関係する食品が多様であるため、それぞれの商品毎にリスク要因を洗い出して低減化を図っていると思います。家庭でも揚げ物の温度や時間に注意するなどの対策をすべきなのですが、あまり積極的に広報されているとは言い難いようです。アクリルアミドが原因で商品の販売を中止したという例はほとんどないでしょう。

 アクリルアミドもグリシドールも、決して食品中に大量に存在することが望ましい物質ではないので、製造業者が製品中の量を減らす対策をするのは当然ですが、緊急性が極めて高いというものでもないでしょう。拙速な対策の結果、かえって別の危害要因が増えてしまっては困るので、十分検討しながら対策を進めていくという方針で良いのではないでしょうか。

 食品中のグリシドール脂肪酸エステルについてはヨーロッパでの研究が先行していますが、世界中で協力して実態を明らかにしていく必要があります。ただし「エコナ」にはほかの脂肪酸よりグリシドール脂肪酸エステルができやすいことと、先述の通りリパーゼの基質特異性から遊離のグリシドールが生じやすい可能性がありますので、ほかの食品とは別にデータが必要となるでしょう。そのような研究にある程度の時間が必要なのはしかたのないことです。

 また、「エコナ」についてはラットとマウスでの発がん性試験を含む各種動物実験データがあります。花王はそれらのデータを根拠に発がん性については問題がないと主張していますが、正確に言えば2年間の長期投与で、TAG群とDAG群では全く差がないというデータになっています。つまり対照群(普通食群)に比べれば、TAGでもDAGでも、脂肪を多く含む餌を与えたネズミは順調に太ってしっかり体脂肪を増やしています。DAG群でTAG群より体重が少ないとか体脂肪が少ないという結果にはなっていません。これはTAGもDAGもカロリーは同じですから当然なのですが、「脂肪がつきにくい」という表示とは矛盾します。

 従ってもしも「エコナ」に脂肪がつきにくいという効果があると主張したいのであれば、これらの動物実験の結果は効果が出ていないので採用できないということになります。GLP準拠のがん原性試験は信頼性が高く、脂肪がつきにくいとされるメカニズムなどそのほかの条件を考慮すると「エコナ」には効果も毒性もないというのが妥当な結論であろうと思いますが、メーカーはもちろん言いたくないでしょうし、有効性については評価しないことになっている食品安全委員会もこのことを明言できないのが「トクホ」という制度なのです。

 トクホという制度は05年に、十分に科学的根拠がなくてもトクホ表示を許可する「条件付きトクホ」というカテゴリーが新たに作られました。制度の紹介サイトにあるように作用機序も不明確で統計学的有意差の危険率10%以下という、医学的にはあり得ないような緩い条件で表示が認められることになっています。条件付きではないトクホとしてこれまで認められてきたものも、先に紹介したようにEFSAの健康強調表示に関する科学的根拠の評価基準に照らし合わせれば、科学的根拠は不十分として却下されるであろうものばかりです。

 これまで何度も繰り返しているように、健康的な食生活というのは多様なものをバランス良く食べる、ということに尽きるのです。特定の食品を食べる、あるいは避けることで健康になったり病気になったりするという考え方はフード・ファディズムでしかありません。どのような食品にも、既知や未知のリスクがあるので、リスク分散のためには多様性の確保が大切なのです。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

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About 畝山智香子 30 Articles
国立医薬品食品衛生研究所安全情報部第三室長 うねやま・ちかこ 宮城県生まれ。東北大学大学院薬学研究科博士課程前期二年修了。薬学博士。専門は薬理学、生化学。「食品安全情報blog」で食品の安全や健康などに関してさまざまな情報を発信している。著書に「ほんとうの『食の安全』を考える―ゼロリスクという幻想」(化学同人)。