2008年11月3日、英国食品基準庁(FSA)は妊娠女性にカフェイン摂取を制限するように助言を更新しました。FSAはそれまでカフェインの1日の最大摂取量を300mgにするよう助言していましたが、それをさらに引き下げて200mgに制限することで、リスクが減らせるという研究結果を発表したのです。カフェインをたくさん摂ると、赤ちゃんの生まれたときの体重が軽くなり、その後の健康に影響することや自然流産の可能性が高くなることが報告されています。カフェイン200mgというと、ドリップコーヒーなら2杯は飲めないという量です。カフェインを含む食品には、コーヒーや紅茶や日本茶、チョコレートやコーラなどがあります。
FSAはこの少し前に、家族にアレルギー患者がいる場合、胎児のアレルギー予防のために妊娠中にピーナッツを食べるのを避けるのがいいかもしれないという助言を撤回しています。妊娠中にピーナッツを食べるのを避けることで赤ちゃんがピーナッツアレルギーになることを予防することは、どうやらできないようだという研究結果が出ているためです。
このようなニュースが続いたことから、妊娠中の女性向けの、赤ちゃんのために気をつけた方が良い事柄について、各国がどのようなことを薦めているのかまとめてみました。
まず英国ですが、FSAに eatwellという食生活の助言をまとめたサイトがあり、そこで妊婦さん向けのアドバイスをまとめて掲載しています。
ドイツはかなりページ数の多い詳細なパンフレットを作って配布しています:人生のスタート 赤ちゃんや胎児や繁殖能力に与える環境からの影響
米国ではFDAのCFSANがママになる予定の人のための食品安全上の注意をまとめています:Food Safety for Moms-To-Be
ヘルスカナダでは妊娠中の健康のための情報を以下のサイトでまとめています:Healthy Pregnancy
ニュージーランドではNZFSAが以下のようなサイトを作っています。:Food safety in pregnancy
日本では最近厚生労働省が以下のようなパンフレットを作成しています:「これからママになるあなたへ お魚について知っておいてほしいこと」、「これからママになるあなたへ 食べ物について知っておいてほしいこと」
内容については各国共通のものから紹介してみます。食生活についてはバランス良く十分栄養をとることと適切な体重管理が基本ですが、妊娠前からの葉酸の重要性について強調しているところが多いのが特徴です。葉酸は胎児の先天性障害を予防するのに効果があることから、小麦粉などに添加されている国や地域も多く、妊娠する予定がある場合には葉酸サプリメントの摂取を推奨している場合もあります。葉酸はサプリメントとしては唯一使用が推奨されているものなのですが、一般への認知度はそれほど高くないようです。
食事で最も注意すべきなのは食中毒で、特に妊婦がハイリスクとされるのがリステリアとトキソプラズマです。これらの食中毒を避けるための対策は生ものを避ける、十分加熱する、手を良く洗うといったことで、そうすることで同時にそのほかの食中毒への対策にもなります。
原因が何であろうと、食中毒による下痢は妊娠には好ましいことではないので、一般の人以上に食中毒には注意する必要があります。生ものというと刺身や寿司や生野菜などが代表ですが、生卵を含む加工品やナチュラルチーズなども注意が必要です。米国では最近未殺菌乳による食中毒事例が報告されているにもかかわらず、殺菌しないミルクこそ自然なミルクだと主張して殺菌しない牛乳の販売を禁止している食品の安全のための法律を改定しようと活動している消費者団体などがあります。
化学汚染物質については魚中のメチル水銀に関して、各国が助言を出しています。捕食性の海獣や大型魚はメチル水銀濃度が高いので、食べる量を制限すべきであるというのが一般的内容で、制限すべきと名指しされている魚の種類や量については国による食習慣の違いを反映して若干違っています。一般的には肉食性でサイズの大きい海の生き物が水銀濃度が高い傾向にあります。さらに筋肉部分より内臓のほうが濃度が高いことが多いようです。
したがって、歯クジラやイルカ、アシカやアザラシのような海獣、サメや大型のマグロ、カジキなどが食べ過ぎない方がよいものということになります。日本国内でも地域により食習慣は違いますので、多くの人にはあてはまらないのですが、クジラの内臓やアンコウの肝臓やフカヒレなどをよく食べる地域では食べ過ぎないようにしたほうが賢明であろうと思います。
カフェインについては冒頭で紹介したFSAの助言が最も厳しいもので、カナダや米国では300mgまでとしています。カフェインを含む食品としては英国や北米ではコーヒー、紅茶、コーラ、チョコレート、エネルギードリンクなどが挙げられていますが、日本では緑茶やウーロン茶、いわゆる栄養ドリンクなどもカフェインの摂取源となります。
フィンランドではビタミンAの取り過ぎを避けるためにレバーを食べ過ぎないようにという警告を発表しています。
食品ではないのですが、避けるべきものとしては煙草・飲酒・違法薬物が挙げられます。これらの有害性については説明するまでもないことかと思いますが、その際だった有害性の大きさにもかかわらず飲酒や喫煙は合法であるため、被害が予防できないでいるということが世界中の国々の課題です。
一方治療目的で使っている医薬品については、主治医と相談して必要なものはきちんと飲み続けることが大切です。妊娠したから薬はダメだと自己判断しないことと、薬はダメだからハーブや漢方薬に変えるということはかえってリスクが高くなるので止めるべきです。基本的に妊娠中はサプリメントやハーブの類は避けた方が良いとされています。
簡単にまとめてみますと以下のようなものになります。
食生活全体として栄養とバランスに注意した上で、
- 意識して妊娠前から摂ってください:葉酸
- 是非やめてください:麻薬、煙草、飲酒
- できれば避けてください:生もの(食中毒)、ハーブやサプリメントやいわゆる健康食品の類
- 摂り過ぎに注意してください:大型の捕食魚、カフェイン、レバー
- あまり心配する必要はありません:ピーナッツや卵や牛乳などのアレルゲン、普通の加工食品や食品添加物、残留農薬や有機食品かどうか、医師の処方する治療のための医薬品
ネットで妊娠中の食生活に関する情報を検索すると、非常に多様な主張が見られます。ところが、中にはただ不安を煽るだけであろう根拠のない情報も多々ありますし、むしろハイリスクな食生活を薦めている団体や個人もいます。「欧米では○○を禁止しています」などといった言い方で、あたかもその国が薦めているかのように、特定団体が誤った紹介をする場合もあるのです。各国の食品安全担当機関の発表している助言内容は、ここで紹介したようなものですので、参考にしてもらえれば幸いです。
※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。