近年、食品の機能性についての関心が高まっているようですが、その期待の極端な形が詐欺という形で世界中で問題となっています。日本では「いわゆる健康食品」に分類され、海外では「ナチュラルヘルス製品」「ハーブ」「伝統的漢方薬(TCM)」「サプリメント」などと呼ばれる商品群があります。医薬品ではないものの、濃縮エキスだったり粉末だったりカプセルや錠剤だったりといった形態で、食べて美味しいとはとても言えないような「食品」群です。当然、食欲を満たすために食べるのではなく、別の目的で食べるわけです。こうした製品の中には違法な未承認医薬品とみなされるものが数多くあります。欧米では最近、こうした製品に対する警告が相次いで出されています。今回は、そうした最新事例をまとめてみます。
医薬品は通常安全性と有効性を審査して認められた場合にのみ、医師などの専門家が使うものですが、日本の分類でいう「いわゆる健康食品」にはそのような制度はなく、安全性も有効性も確認されていないものがほとんどです。またこれらの製品の販売者は、患者に対して主治医とのコミュニケーションを妨げるような言説を吹き込むことも多く、患者が必要な治療を受けなくなったりすることになります。従って、重大な病気を患っている患者はこのような製品を使うべきではない、とほとんどの国や機関で警告を発しています。
しかしながら現実には、被害者は後を絶たないのです。理由の1つは有効な治療法がない末期がんなどの場合には、わらにもすがる思いで、嘘でもいいから試してみたいと思うものだという患者心理があります。だからこそ、この手の詐欺が悪質で許し難いものであるわけです。そしてもう1つの理由は、科学技術や医療に対する一般的不信を背景にした自然・天然志向や補完・代替医療への傾倒です。各国の事例をいくつか紹介してみましょう。
<米国>
米国食品医薬品局(FDA)は2008年6月17日、がんの予防や治療に効くと宣伝してサプリメントやハーブ製品を販売していた業者に、大量の警告文書を送付したと発表しました。同時に消費者向けに「Fake Cancer Cures(偽のがん治療法)」というサイト(要約文)を立ち上げています。
これは、FDAがこれまでも行ってきた詐欺的製品の取り締まり活動の一環で、今回は特に悪質であるがんの治療や予防を謳った製品に標的を絞って対応したものです。米国では連邦取引委員会(FTC)とFDAが共同で消費者が詐欺に遭わないように活動を行っています(FTCのサイト:Drugs & Dietary Supplements)
対象となった製品はサメ肝油・サンゴカルシウム・オメガ3脂肪酸・ハーブティー・リコペン・サメ軟骨・ビタミンC・アガリクス・メラトニン・レッドクローバー・クルクミン・ブドウ種子抽出物・亜麻仁油などを成分とする各種お茶・液体・錠剤・クリームなどです。主にがんが治るまたはがん予防に効果的として、インターネットで宣伝・販売されていたものです。
こうした虚偽の病気治療薬は昔から詐欺師たちがよく売っていたものですが、近年はインターネットの利用により国境を超えた取引が容易に行われ、被害者が拡大し詐欺師の取り締まりが困難になるという状況になっています。問題としては古典的なものですが手段が現代的になっているわけです。
米国の場合、サプリメントについてはダイエタリーサプリメント健康教育法DSHEAという法律により、世界でも最も自由にサプリメントが販売できる国となっています。最近製造のための基準であるcGMPが発表されましたが、有害な製品の販売禁止にはFDAが立証責任を負うという、極めてサプリメント販売業者に有利な条件になっています。しかしながらがん治療などの治療効果を謳った場合には、未承認医薬品とみなされ違法となります。
<カナダ>
カナダでは産業省競争政策局がヘルスカナダと協力して、08年3月に「Project False Hope Unveiled(プロジェクト 偽りの希望)」を発表しています。これもがん治療に効果があると謳った製品を主な標的としています。プロジェクトのスローガンは「詐欺:見つける・報告する・止めさせる」です。
カナダではビタミン類やハーブやサプリメントなどはナチュラルヘルス製品(natural health products)と分類され、販売前の登録制が採用されており、製品には登録番号が記載され副作用報告の義務づけなどが行われ、比較的厳しく規制されています。それでも未承認製品や品質の悪い商品が市場に出回るなど、安全性が確保できないためさらなる規制強化を検討しています。
<英国>
欧州では医薬品の中に伝統的ハーブ医薬品という分類があり、日本における漢方薬のような位置づけで対応がなされています。しかしながらもともと補完・代替医療が極めて盛んな英国でも、質の悪い製品や虚偽の治療効果を謳ったハーブ製品による被害者が多く出て看過できないとして、英国医薬品庁(MHRA)がハーブ治療薬や漢方薬の製造・販売業者に対して今年に入ってから3回の警告(6月20日の警告、6月20日の要約文、5月17日の警告、5月17日の要約文、3月4日の警告、3月4日の要約文)を発しています。
英国はホメオパシーと呼ばれる代替医療の本場で、近年厳しく批判されてはいるものの社会に深く根付いています。その周辺にハーブやアーユルベーダや漢方薬といったほか国の代替医療や伝統医療を受け入れやすい素地があるのか、プラクティショナーとかセラピストと呼ばれる医師ではない「専門家」たちがいろいろな「治療」を施しています。その実態があまりにもひどいというのがMHRAの警告です。
英国でも一定の品質が保証できる伝統的ハーブについては登録制に移行する計画で、既に一部の製品の登録は完了しています。ビタミンやミネラルサプリメントについては現在ヨーロッパレベルで認可制となっており(現在販売されている製品は2009年まで販売できる)、安全性評価が進行中です。
海外で問題となっている製品の多くは日本でもインターネットなどで購入することが可能です。日本の場合、いわゆる健康食品被害に関しては、「厚生労働省 健康被害情報・無承認無許可医薬品情報」や「独立行政法人国立健康・栄養研究所 行政機関が作成した健康食品関連のパンフレット集」などのサイトが情報を提供しています。
以上のように、「いわゆる健康食品」については、分類は医薬品の一部だったり食品だったりと国によりさまざまで、規制状況も異なります。しかしながらどの国でも医薬品的効能を謳った詐欺的製品による健康や経済的被害は数多く報告されており、対応に苦慮しているという状況です。
一般の人々が、健康被害は全く出ていないと言っていい食品中の残留農薬や添加物については極端に心配するわりには、被害者が続出しているこの手の健康食品やハーブ製品については無防備であるというのも各国共通の状況のようです。これは一部の健康食品業者にとっては有利なことですが、消費者を保護しつつ健全な市場を育てるという観点からは決して望ましいことではありません。
機能性食品の開発は、一歩間違うと詐欺とほとんど同じになってしまいます。機能性食品が詐欺的商品と区別がつかず、詐欺を放置している業界と世間に認識される可能性を常に考慮しながら、節度ある、科学的根拠に基づく商品開発を行って欲しいと思います。
※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。