北海道のダイズ、ムギ農家が農薬を使用する金額はどれくらいだと思われるだろうか? 現場では除草剤、殺菌剤、殺虫剤の3タイプを主に使っている。金額、量は少ないが、成長促進剤、発芽抑制剤なども使用して、しっかりと農薬取締法に書かれている“国民の生活環境の保全に寄与”しているはずだ。ただ残念なことに、そのような話を生産者仲間が集まってしたことはないのだ。
私の場合、農薬使用金額は5万円/haになり、これは総支出のおよそ5%位を占める。関係法令を守っていても、生産者の使用方法、考え方、地域の方針の違いによって、同じ作物に使用する農薬がこの半分であったり、逆に2倍になることはよくある。近所の水田農家の農薬は、私と同じくらいの5万円/haで、野菜農家になると、作物にもよるが7万円から12万円/haになるようだ。
細かく見ていこう。私のダイズ栽培で使用農薬金額に占める割合は、除草剤が70%、殺虫剤は25%、殺菌剤は5%である。コムギ栽培では、除草剤が30%、殺虫剤は5%、殺菌剤は65%である。
この数字を見て分かるように、ダイズ栽培において除草剤が占める割合は非常に高い。この地域の土質が泥炭層であり、元有機物の塊だから、雑草が発生しやすいというわけではないが、現実は除草剤をどのように使いこなすかで、その年のダイズの収量が決まると言っても過言ではない。有機栽培や無農薬栽培でも収量は20%から30%程度の落ち込みだと言う話を聞くが、それは手作業で管理できる数ha規模の話であって、5haを超えると家族労働では管理しきれないので、収量は慣行栽培の半分以下になると思う。
また、新聞報道によると、北海道農政部長が“転作でコムギ、ダイズなどをきちんと生産し…”とあり、よく見る転作田のダイズ栽培は雑草管理が行き届かなく、収量が激減している場面によく出くわすことからくる発言だと思う。
北海道では50haを超えるコムギ大規模農家は多くいるが、同じ数字のダイズ生産農家は、知っているだけで自分を含めて北海道に3人程度である。大規模になると雑な経営、つまり農作物の管理に目を配れなくなり、収量が落ちると思われるが、現実はその逆で、規模拡大をできる生産者は農作物の収量や品質も高い場合が多い。
農林水産省はダイズの作付拡大を進めるための補正予算をはじめとするさまざまな政策を打ち出し、それには心強いものを感じるが、現実は農家の減少に伴い、ぎりぎり生き残った小規模ダイズ生産者に負担をかけさせているだけのようだ。ダイズの国内自給率を上げることは、現状の除草技術では難しいと考えるのは異常なことではない。そうなると大規模もしくはそれを目指す生産者が食用の遺伝子組換え(GM)ダイズ、特にグリホサート除草剤耐性の「ラウンドアップ・レディ大豆」や米国で今年から作付が始まるラウンドアップのライバルであるグルホシネート除草剤耐性の「Ignite大豆」(日本名バスタ)が日本のマーケットで早く販売されることを強く望むことは、多くのダイズ生産者の本音である。
農薬それぞれの価格を見ると面白い、1本(500mL)当たり500円程度から8000円程度まで存在するが、この価格で農薬が高いかどうかを比較すると大変なことになる。あくまでも面積当たりの使用金額がどうなるかが重要なポイントである。ダイズ、ムギの場合にもこの考え方が当てはまり、除草剤はそれぞれの農薬使用基準内であっても、およそ7000円/haから1万5000円/ha前後の価格帯に収まることが多い。殺菌剤、殺虫剤も同じ考えで3000円から6000円/ha前後の価格帯に収まるようだ。
この数字を見て、殺菌剤、殺虫剤の面積当たりの使用金額は除草剤と比較して3分の1から2分の1程度でコストが安いと思われるだろうが、コムギや野菜栽培だとダイズよりも殺菌剤、殺虫剤使用回数が、除草剤よりも2倍から5倍多くなるので、そのコストは無視できなくなる。
誰かに聞いてみたい。除草剤は殺虫・殺菌剤よりも明らかに価格が高くなければならない科学的な理由は存在するのか。というのも、一般的に農薬の価格は古い登録の農薬は安く、効果が高いが安全性も高いと宣伝する新規の物は当然高いのだ。
高くなることに文句はないが、よく考えてみると不思議なことが起きる。それはスーパーなどで販売される一般の商品の価格には原価があり、それに経費が加わって最終的に店頭価格になると言う考え方が普通だが、どうも農薬の場合は生産者が使う面積当たりのコストはこのくらいだから除草剤、殺菌、殺虫剤のコストはこれくらい、従って原価ではなく、先ほどの価格帯で販売できる状況を作り上げているように思える。つまり、殺菌、殺虫剤のコスト、つまり散布1回当たりの価格は除草剤よりも高いコストにはならないとの考え方も成り立つ。
そうなると野菜やムギの栽培の場合、除草剤の価格は(1回の散布当たりのコスト)は殺菌、殺虫剤のコストよりもかなり高めに設定することができる。どうしてこのようなことができるのだろうか? つまり農薬と言う商品には、巷でよく聞く“バッタ品”つまり問屋や流通の関係で横流しされた農薬なんて聞いたことがない。
農薬にも最近、ジェネリック製品が登場しているが、価格が飛びぬけて安いと言う実感はないし、絶対的な数が少なく、私が使えるのはほとんどないのが現実である。なぜこのような環境になったのか考えてみたい。
国内の畑作農薬の多くは欧米で開発され、国内よりも先に現地で登録、使用されているものが多く、同じ成分と思われる農薬価格は日本の3分の1から2分の1程度である。中にはコムギの成長を抑制する“E”と言う植物成長調整剤の単位面積当たりの1回散布コストは米国の10倍も高いと聞く。この農薬の国内登録では果樹がメインであるために、多少コストが高くても面積当たり収益の価格が高い果樹では採算が合うが、コムギのような面積当たりの価格が安い農産物で使用した場合、とんでもないコストになる。
ちょっと変わった、たぶん法律ぎりぎりの使い方をメーカーに相談した時に必ず言われるのが「法律を守ってください」ということだ。農薬の関連法で食の安全安心を目指していることは理解できるが、生産者にも生産に関わるコストを無視することはできないと強く物申したい。そのようなことは決してないと思うが、高い農薬コストをごまかすために、法律を言い訳に使っているように思えて仕方がない。ところでこの“E”という植物成長調整剤は日本製である。それを逆輸入するということはないでしょうね?
この植物成長調整剤は米国で使用され、果樹よりも主にコムギ、綿花に使われているため、価格を安く設定する必要がある。一方、述べてきたように日本ではそのような農薬の価格は高いのだ。これを許しているのは誰なのだろうか? 農水省か? 農薬メーカーなのか? やはり生産者の責任は大きいと思う。
北海道の大規模農家の多くは、欧米の農薬の価格と知っている。だとしても、価格是正に対していかなる行動を示さないのはどうしてなのか。食の安全安心に関して科学的に米国の農薬と日本の農薬の違いは何なのかを、文章にしたものを私は見たことがない。ましてや海外で作られ、日本でも使用されている同じ化学成分の農薬の価格が明らかに違う場合、農薬のみならず農業とその関係のコスト高を見直しする必要がありそうだ。そうなると同じGMでもコスト高のジェネラル・モータースの行く末は厳しいが、日本農業も素直に農薬、作業量などのコスト削減につながるGM(遺伝子組換え)に進むべきではないか。
※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。