農産物を生産する農家は常に消費者のことを考え、安全、安心な農産物を提供できるように、日頃から気を引き締めて営農をしている――。と言いたいところだが、実際のところ、そのようなことを寝ても覚めても考えているわけではない。もちろん、大切なことだと重々承知しているが、その前に我々営農者は守るべき数々の法律があり、遵法精神を全うすることで、結果的に消費者に安全・安心な農産物を提供できているのだと思う。その間、我々の代わりにJA(農協)組織が、「消費者のため」と、錦の御旗を掲げてくれて、我々生産者の精神的な負担を軽減させ代弁してくれていると理解している。
【FoodScience編集部による訂正/2008年11月6日】以下、記事中に不正確な部分がありました。「除草剤耐性遺伝子組換えダイズの『ラウンドアップ・レディー・大豆』の残留農薬基準は20ppmらしい」(誤)→「除草剤耐性遺伝子組換えダイズ『ラウンドアップ・レディー・大豆』における除草剤のグリホサートの残留農薬基準は、非遺伝子組換えダイズと同じく20ppmらしい」(正)、「農薬残留数値」(誤)→「残留農薬基準値」(正)、「この10年間に販売された新規農薬は、すべて日米で同じ値になっている」(誤)→「この10年間に販売された新規農薬のうち、少なくとも私がダイズ栽培のために使っているアラクロール(0.2ppm)、メトラクロール(0.2ppm)、グリホサート(20ppm)は日米で同じ残留基準値となっている」(正)、「03年3月に農薬取締法が改正され3年2カ月かけて残留農薬基準を作成し、結局日米とも同じ数値になった」(誤)→「03年3月に農薬取締法が改正され、その後3年2カ月かけて食品衛生法において残留農薬基準値を作成した」(正)、「農薬取締法では、1反(333坪)当たりの水の量は100Lが基準だ」(誤)→「農薬取締法では「農薬についてその種類ごとに、その使用の時期及び方法その他の事項について農薬を使用する者が遵守すべき基準を定めなければならない」とあり、北海道(自分の畑)においては、農薬は水で希釈し、散布水量は100L/10aが1つの基準である」(正)、「現法上では確実に違反となり、法人の場合は3年以下の懲役となる」(誤)→「関係法令を無視した違法行為を行えば、法人の場合は1億円以下の罰金だ」(正)。以上、お詫びして訂正いたします。
北海道においても、基本的に行政が営農指導する能力は持ち合わせていないようなので、その代わりに地域の営農活動のほとんどは、国の農政にちょっと足したり引いたりと味付け作業をしたJA(農協)が仕切っている。良いか悪いかの論議は別にして…。
年に数回行われる営農地域説明会で配布される印刷物には安全・安心の言葉は登場するが、農家同士でそのような会話をしたこともなければ、する予定もない。営農に関しては、憲法にはじまり道路交通法、農協法、農業共済法、土地改良区関係法、河川法、水道法、食品衛生法、JAS規格、特許、種苗法などの知的所有権、持続性の高い農業生産方式の導入の促進に関する法律などのほかに、左翼農家の教本となる北海道のGM条例などがあるが、これくらい営農に関係する法律を順守していれば、収穫された農産物が安全かどうかの評価は、我々営農者がする必要ないのではと考えている。
その中でも農薬取締法は、安全性に一番関連性の高い法律で、2003年3月に改正された。この法律では作物別に使える農薬の種類、水の量や濃度、使用時期を厳格に決めている。正直言って、「農家の浅知恵は必要ない!」と言わんばかりの法律の下で出来た農産物に、安全性に関するいかなる疑問も持つ理由は存在しないだろう。
言葉を選んで発言するが、農薬が使われた国産農産物で健康被害にあった方はいるのだろうか? 農薬取締法が改正される前と後では、安全性に違いはあるのだろうか。もっとも、このように発言したところで安心感が増幅される訳ではないことくらいは知っている。
「作物の残留農薬が怖い!」と世間が騒ぐので、やはり自分の農産物の安全性は確認する必要があると思い、この農薬取締法が改正される頃に自分で残留農薬の安全性試験をしてみた。コムギに使われる除草剤MCP(収穫45日前使用)と殺菌剤シルバキュア(収穫45日前使用)を収穫7日前に定量散布して、収穫されたコムギの農薬残留を、それぞれ3万円のコストを自腹で払い、検査依頼してみた。
どちらがどちらであったか忘れてしまったが、一方は機械的に検出限界以下の検出しかされず、もう一方は確か、許容残留数値の10分の1だった。残留数値が高いはずの散布時期は7分の1の短さであってこの数値、金銭的なこともあるので現実的にはありえないが、極論を言えば10倍多く散布しても、残留値を超えることはないことが分かった。もちろん、この試験で収穫された農産物が市場に出ることはなかったことを言い添えておく。
農薬使用基準はその使用量におよそ2倍の幅を持たせてあり、その範囲で使用すれば良いことになっているが、殺虫剤や殺菌剤は一番濃度が薄い状態で使用しても、薬剤の効果が発揮され、なおかつ農作物の品質には問題ないことが分かっている。その結果、当該地域の使用量50%削減の減農薬栽培(国が規定するところの特別栽培農産物にあらず)が出来上がるというわけだ。
除草剤耐性遺伝子組換えダイズ「ラウンドアップ・レディー・大豆」における除草剤のグリホサートの残留農薬基準は、非遺伝子組換えダイズと同じく20ppmらしい。なぜかこの数値は日本も米国も同じのようだが、生育中に散布されるラウンドアップを使用基準の何十倍散布したらこの数値になるのか、日本でも将来必ずやってくるGM栽培時代の生産者としては興味があるところだ。
この残留農薬の数値を米国と日本で比較すると面白い。米国で開発され、日本でも使用されている農作物の残留農薬基準値はほぼ同じのようだ。この10年間に販売された新規農薬のうち、少なくとも私がダイズ栽培のために使っているアラクロール(0.2ppm)、メトラクロール(0.2ppm)、グリホサート(20ppm)は、日米で同じ残留基準値となっている。03年3月に農薬取締法が改正され、その後3年2カ月かけて食品衛生法において残留農薬基準値を作成した。関係官庁は米国がどのくらい苦労してこの数値を作成したのかを評価したかったのだろう。
理由は分からないが、環境にうるさいカリフォルニア州では除草剤のトレファノサイド、ラッソー、バサグランなどの使用を、20年以上前から禁止していたが、日本では数年前にバサグラン使用がダイズに適応拡大された。このような柔軟な運用に感謝する。
農薬取締法では「農薬についてその種類ごとに、その使用の時期及び方法その他の事項について農薬を使用する者が遵守すべき基準を定めなければならない」とあり、北海道(自分の畑)においては、農薬は水で希釈し、散布水量は100L/10aが1つの基準である。ところでこの農薬を希釈するための水は、100%純粋な水だと思われているが、実は違うのだ。カエルや虫がいる水田のための水田用水を利用するのならまだ良い方だが、5月10日前や8月20日以降の水田用水の水が流れていない時は、550m(300間)間隔で設置されている、雑排入りの生活排水路を利用するのが当たり前。東京の舗装道路の雨後の水たまりの方が、明らかに衛生的なのではないかと思う。
水路に取り込む水にしても透明度が高い支笏湖の水だけでは足りないので、千歳川の水を入れて増量している。コムギやコメ、ダイズのように一皮むいて出荷する作物は間接的問題で済むが、ハウス物や葉を食べる野菜の場合、このような環境の水をたっぷりと使っていて安全なのだろうか。そんな水を使った農産物が、東京で売られて多くの消費者の口に入るのだ。それでも「北海道の農産物は安全だ!」と売り込むJAの販売戦略は素晴らしい。雑排水を使って地元で収穫された作物を地元で消費する地産地消費の意味には、安全弁の役割がありそうだ。
河川の汚濁指標として使われるBOD(Biochemical oxygen demand:数値生物化学的酸素要求量)が高いことと、農薬を使用するのでは、どちらが安全なのか小学生でも理解できることだ。一方、私の農場のある空知地方と違って十勝地方は、雨が少なく、農薬散布機械の逆流防止もあり、排水路からの水のくみ上げは禁止されている。その代り鈴木宗男先生のおかげで山からきれいな水を使える用水網が完備されている。
ちなみに私の農場では塩素殺菌された水道水を利用している。100haの畑、事務所の水洗トイレ、シャワー、洗濯機、機械の洗車に十分使って9カ月で8万円の計算。人生、安全安心のため水をケチってはいけないのだ。
私の住む町の人口は微増しているが、水道の総使用量は漏水対策が進んでいるので減少し続けている。他市町村の類にもれず当町でも、水環境の配慮や二酸化炭素増大に負荷をかけない環境対策農業を目指している(ただし、あまり評価されているとは思えないが…)。
現場の農家は知っているが、農作物に使う水の量(100L/反、333坪)を正しく散布した場合、作物から垂れ落ちて、土壌に付着してしまう。一方、欧米で同じ農薬を使用する場合、10分の1の10L/反以下の使用が普通だという。つまり、欧米では余分な農薬が土壌に落ちて、土壌を汚染することがないし、農薬の節約にもなる。
このようなことは、日本の農業の現場でも当たり前に浅知恵として存在している。しかし、10分の1の水の使用量だと、作物の安全性には影響しないとはいえ、関係法令を無視した違法行為を行えば、法人の場合は1億円以下の罰金だ。それでも生産者は消費者のため日々努力しているのだ。
いや、正確に言えば、自分の利益のため努力することは、最終的に消費者の利益になるということだ。これを信じて、日々努力している。
※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。