こんにちは、コロです。前回は、Btたんぱく質が効かなくなる抵抗性害虫の出現というリスクを回避のために、緩衝区という、ただ単にBtたんぱく質を持っていない作物を植えるだけの、簡単で有効な手段を持っていることをお話しました。今回は、どうして緩衝区から出てきたたくさんの害虫によって、抵抗性害虫の発達が防げるのかを「生物学的」に説明しますね……とは言っても、できる限り易しくお話しましょう。
ルル:そうですね。前回では、このようなBt遺伝子組換え作物が緩衝区という抵抗性害虫の出現リスクを防ぐとても有効な手段を持っていることがわかりました。実際にはどのように緩衝区が設けられているんでしょうか?
コロ:Bt遺伝子組換え作物に対する緩衝区は、非遺伝子組換えの同種の作物を植えることによって作られます。ルル:それだと、必ず一定の割合で非遺伝子組換えの作物が植えられることになりますね。
コロ:必ずしもそうではありません。例えば、違う種類の遺伝子組換え作物を緩衝区に植えることもできるのですよ。Btたんぱく質にはいろいろな種類のものがありますが、例えばコウチュウ目に効くBtたんぱく質のみを持つ遺伝子組換え作物の緩衝区に、チョウ目に効くBtたんぱく質を持つ遺伝子組換え作物を植えて使うことができます。もちろん、Btたんぱく質を持つ遺伝子組換え作物の緩衝区に除草剤耐性の遺伝子組換え作物を植えて使うこともできます。
ルル:そうなんですね。違うBtたんぱく質を作る遺伝子組換え作物の場合には、お互いに緩衝区の役割を担い合うっていうことなんでしょうか?
コロ:そうです。また、作物の種類に関係なく抵抗性のない害虫がたくさん発生すればよいので、標的になっている害虫が他の作物にも付くものであった場合には、それらの作物を植えた畑を緩衝区とみなすことができます。
ルル:緩衝区に植える作物には殺虫剤を散布しないのですか?散布してしまったら、害虫が死んでしまって出てこなくなりますよ。
コロ:緩衝区の作物に害虫駆除のための殺虫剤を散布することも可能です。ただし、その場合には、繁殖する害虫の数が少なくなってしまいますので、その分、広い面積の緩衝区が必要になります。
ルル:でも、どうして緩衝区からたくさん害虫が発生すると、抵抗性害虫の出現を防ぐことができるのですか?理屈が……わからないのですが。
コロ:それでは、遺伝の話を少ししましょう。まったく違う話ですが、耳垢には湿った耳垢と乾いた耳垢の2種類があるのをご存知ですか? これは耳垢を湿らせるかどうかは遺伝子が決めているので、子供がどちらのタイプの耳垢を持つかはお母さんとお父さんの耳垢のタイプによって決まります。それでは、お父さんが湿った耳垢、お母さんが乾いた耳垢の場合には子供の耳垢はどうなるのでしょうか?子供はお父さんからの耳垢の遺伝子を一つ、お母さんからの耳垢の遺伝子を一つの合計二つの遺伝子を持っていますよね。
ルル:そうそう、確か、お父さんとお母さんからひとつずつ遺伝子をもらったって教わったのを覚えてます。そして、子供は両親からそれぞれ似たところを取ってくるんですよね。
コロ:耳垢は、お父さんから湿った耳垢の遺伝子を受け継いだ子供は、お母さんから乾いた耳垢の遺伝子をもらっても、湿った耳垢になってしまいます。このように親から受け継いだ遺伝子の片方にあればそのような性質を持つようになる、湿った耳垢のような遺伝の仕方を優性遺伝とよんでいます。逆に、両方から乾いた耳垢の遺伝子を受け継いだ子供だけが乾いた耳垢を持つようになります。この乾いた耳垢のような遺伝の仕方を劣性遺伝とよんでいます。
ルル:片方の親からひとつでも遺伝子をもらっていればその遺伝子の性質が出るのが優性遺伝で、両親から同じ遺伝子をもらわないと遺伝子の性質が出てこないのが劣性遺伝ですね。
コロ:Btたんぱく質に対する害虫の抵抗性は劣性遺伝であることが知られています。すなわち、両親からもらった両方の遺伝子が抵抗性でないとBtたんぱく質に抵抗性になりません。Btたんぱく質に抵抗性の害虫同士の交尾でできる子供は抵抗性ですが、抵抗性でない害虫と交尾して子供を作ると、その子供は片方の遺伝子が抵抗性ではないので、抵抗性になりません。Btたんぱく質にさらされると死んでしまいます。そこで、この遺伝を逆手にとって、わざとたくさんの害虫を発生させて、もし仮に抵抗性の害虫が出現しても、それらの抵抗性でない害虫と交尾させて子孫を抵抗性でなくすれば、Btたんぱく質に抵抗性の害虫の発生を阻止することができるのです。
ルル:なるほど。確かに周りに抵抗性でない害虫がたくさんいれば、たとえ抵抗性の害虫が出てきても、抵抗性でない害虫との交尾の確率が増えるので、抵抗性の遺伝子を両方の親からもらった子供ができる確率はとても低くなりますね。どれだけの緩衝区が必要なのかは、抵抗性の子供が出てくる確率が十分に低くなるように決められているのですね。
コロ:今回は、抵抗性害虫の発達防止のために産地では広く行われている緩衝区のメカニズムを少し詳しく話してみました。この緩衝区は、Bt遺伝子組換え作物の抵抗性害虫出現リスクを回避するため、隣に一定割合のBtを持たない作物を植えるだけで簡単に行える優れた方法なのです。それでは次回からは、少しテンポを速めて、私がこれまでいろいろと受けてきた遺伝子組換え作物に関する質問に一つずつお答えしていくようにしましょう!
※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。