FOODEX 2014から早3カ月が経った。いささか遅きに失した感はあるが、今年筆者が注目したスピリッツとリキュールについて報告しよう。
広大な会場を小走りで回り、スピリッツやリキュールを探し回るレポートも今年で3年目となる。もっと早く掲載されるべきだったのだが、諸般の事情で遅れてしまったことをお詫びしたい。
幕張メッセの巨大なスペースに各国のブースがひしめき合う中、筆者が探すスピリッツとリキュールはズラリと並んだ“ワインの山”や“オリーブオイルの林”で出来た広大な森の中にポツリポツリと点在する果樹といった趣は変わらない。初めて行く人が必ず驚く東京駅の京葉線への長い長い通路を渡り、JR線に乗ること1時間弱。普通に都内の西部から東京駅、さらにその先の海浜幕張にたどりつく頃には昼近くなっている。そうなると実質見ることができる時間は4時間あるかないかだろう。そんなことから「会場には行ったが半分も周りきれずに帰ってきた」というバーテンダーの声に今回も可能な限りお応えしていきたい。
今年は“亜高欧低”
今年はロシアやポーランドが出展を見合わせたことと中国・韓国・台湾が海外ゾーンの4分の1ほどを占める巨大なブースを出展したことなどから“亜高欧低”傾向が強まり、バーでメインとなる欧州の蒸留酒やリキュール類は例年以上に見つけるのに難儀をした。
ジンやウイスキー、ここ数年伸長著しいテキーラなどに特化すれば「ウイスキー・フェスティバル」(主催:スコッチ文化研究所)や「モダン・モルト・ウイスキー・マーケット」(主催:三陽物産)、「Tokyo International BarShow」(ウィスク・イー主催)等の方がはるかに効率よく情報も収集できる。しかし、海外の独立系メーカーのリキュールや日本では認知度が低いスピリッツに関しては、サプライヤー側に「日本に売り込むならFOODEX」神話が現在でも根強いようで、珍しい酒や面白い酒を見つけようとするなら、FOODEXの広大な海に点在する離れ小島のような小さなブースを探して歩く苦行もムダではない。
ベテラン刑事の「現場100回」ではないが、丹念に見て回らねば会場規模の巨大さに圧倒されて帰ってくるだけになってしまうFOODEX会場で筆者が足で集めた、そんな希少な酒の話を、まず今回いちばん目をひいたメスカルの話から始めることとしよう。
テキーラの隆盛・メスカルの逆襲
拙稿でも何度かテキーラには触れてきたが、ここでもう一度、日本テキーラ協会の林生馬氏と並んで日本のテキーラ&メスカル事情に精通したマルコ・ドミンゲス氏の説明を聞くことにする。ブースで説明に立った彼は流ちょうな日本語でメスカルとテキーラの違いを説明してくれた。
もともとメスカルは、テキーラを含むメキシコの地酒の総称だったという。ところが「上級メスカル」の海外進出を目指すハリスコ州の業者が、原料をブルーアガヴェに限定し、その中でも産地をハリスコ州に限定した物を「テキーラ」として売り出した。
長年のPR活動と品質向上の努力が最近になってようやく実を結び、アメリカでは有名な歌手たち(※)が自らテキーラをプロデュースするまでになってきた……あらかた、こんな経緯をたどって現在に至る。
歌手 | 銘柄 | 備考 |
---|---|---|
ジャスティン・ティンバーレイク | 901 | グラミー賞を受賞したシンガーソングライター |
サミー・ヘイガー | カボクボ | ヴァン・ヘイレンのボーカル |
ジョージ・クルーニー | カーサミーゴス | 「ER緊急救命室」「オーシャンズ11」で有名な俳優 |
こうして一時期、「テキーラ=高級」「メスカル=テキーラ基準をクリヤできないメキシコ地酒」というイメージが定着していたのが1990年代、日本に関して言えば2010年代初めまでだった。
ところがそこからメスカルの反撃が始まった、とドミンゲス氏は語る。ワカカ(OAXACA)州を初めとするメスカル製造地区の業者は、テキーラがブルーアガヴェと言う単一品種縛りで作られていることを逆手に取り、メスカリンの香りを前面に押し出した複数品種のアガヴェを原料として、単一品種から造るテキーラでは出し得ない味と香りのバラエティを売りに高級メスカルの販売を始めたのだ。
筆者も以前はメスカルと言うとイモムシが入った「グサノ・ロホ」しか知らなかったことをまず正直に告白したい。だから当時、メスカルには中国の蜥蜴酒(「ハーカイチュウ」と読む。トカゲが1匹入った強精補酒とされるもの)や至宝三鞭酒(鹿、オットセイ、狼の陽物を漬け込んだ高粱酒)と同類の“色物”的な認識しかなかった。ところがそんな認識は時代遅れになっているようで、テキーラの種類を言う「アネホ」や「レポサド」といった呼称は使わないものの、メスカルもオーク樽で熟成した物が最近相次いで発売されている。
新しい味がどう浸透するか
試飲させてもらったメスカルはテキーラ以上に青みを感じさせるシャープな味で、ようやくテキーラの“味と香り”に興味が向き始めたばかりの日本市場ですぐに受け容れられるかどうかは予断を許さない。しかし、80年代までは「煙臭い」「正露丸みたいな香り」だと疎んじられていたアイラ系のモルトウイスキーが今やどこのバーに行ってもバックバーの目立つところに並んでいることを考えれば、テキーラの香りに魅せられる日本人が増えてくるときが、案外近い時期に来るのかもしれない。
さらに絶頂期に達しつつある「テキーラの春」を猛追するメスカルという、世界のスピリッツ市場の趨勢を把握しておくことはバーテンダー諸兄にとっても価値あるのではないだろうか。テキーラとメスカルの指南書としては先述した林生馬氏の「テキーラ大鑑」(廣済堂出版、2012年発行)が有名だが、同じ年に発売されたドミンゲス氏の「プレミアム・テキーラ」(駒草出版)も“暑い国のスピリッツ”に関心を持つ方必携の書だろう。
《つづく》