バーテンダー諸兄に贈るFOODEX JAPAN 2013洋酒レポート(3)

バーチ(白樺)ウォッカ飲み較べ。左がNemiroff社製「バーチ」、右がOmskvinprom蒸留所の「ホワイトバーチ」。
バーチ(白樺)ウォッカ飲み較べ。左がNemiroff社製「バーチ」、右がOmskvinprom蒸留所の「ホワイトバーチ」。

白樺ウォッカ「ホワイトバーチ」

バーチ(白樺)ウォッカ飲み較べ。左がNemiroff社製「バーチ」、右がOmskvinprom蒸留所の「ホワイトバーチ」。
バーチ(白樺)ウォッカ飲み較べ。左がNemiroff社製「バーチ」、右がOmskvinprom蒸留所の「ホワイトバーチ」。

 昨年はネミロフ社の白樺ウォッカ「バーチ」(白樺)を取り上げたが(参照)、今回はシベリアの蒸溜所で作られた白樺ウォッカを会場で見つけた。多くのロシア人にとってシベリアは心の故郷であり、白樺はロシアを象徴する木だからまさに「ロシア人による、ロシア人のためのウォッカ」と言っても過言ではないと思う。

 ウォッカで味の決め手になるのは原料となる穀物もさることながら、水と隠し味の甘みと言うことになる。この辺はあまり公にはされないことなのだがストレートでの飲用を前提とするロシアのウォッカは、上白糖、果糖、蜂蜜、馬乳酒(クミス)からスイカの果汁までさまざまな甘みがほんのわずか添加されている場合がほとんどで、筆者が知る限り甘みを加えていないウォッカはSPI(ソユーズプロドインポルト)が生産している「ルースカヤ」ぐらいだろうか。

 そんな甘みの材料として、なぜキシリトールの原料ともなる白樺の樹液が使われないのか、昔は不思議に思っていたものだが、やはりロシア人にも同じことを考える人はいるようで、昨年紹介したネミロフ社の「バーチ」(バーテンダー諸兄に贈るFOODEX JAPAN 2012洋酒レポート10(5)参照)と今回紹介するOmskvinprom蒸留所の「ホワイトバーチ」はここを売りものにしている。

 たぶん読者のほとんどは白樺の樹液がどんな味なのかを御存知ないと思う。筆者が北海道のアンテナショップで購入した缶入りの白樺の樹液の味を説明すると、当節流行のアガヴェシロップに味は近い。まったりした甘味で香りはほとんどない。樹液自体の甘みは舌先では感じるものの、「ごくり」と飲むと飲料としては甘みが弱いので微妙……と言うかジュース単体としてうまいものではない。

 しかし、ロシア・ウォッカにとって白樺の活性炭は濾過の工程で欠かせないもので、たとえば日本の酒税法でも蒸溜したアルコールを白樺の炭で濾過したものをウォッカとする、と定義している。白樺の活性炭で濾過していないものはウォッカではないのか、と言うと、それが通じないのが法律の難しいところで、たとえばスウェーデンのウォッカであるアブソリュートの濾過工程は石英砂(クリスタル・クォーツ)がメインで炭は使っていない。

ロシア人はウォッカを冷やすか?

 話が脇道に逸れた。逸れたついでに、FOODEX 会場内で行われたウォッカ・セミナーでSPIから派遣されてきた輸出部門の方の話を紹介しよう。全体は文献で得た知識を確認する作業に終始した感があったが、面白い話が2つあった。

 一つは、日本でもバーテンダーから支持の高いスタルカが、最も人気のある国は? という筆者の質問に予想もしない答えが返ってきた。何と、その国はアメリカでもイギリスでもなく、デンマークだという。考えてみればデンマークはアクアヴィットの雄「オールボー」の国だから梨やリンゴの葉で香味づけをしたスタルカが受け入れられる素地はあるわけだし、ロシアでもデンマークでも代表的な酒肴であるニシンとも合うのかもしれない。

 そして、もう一つは「ロシアではウォッカは冷やして飲むのか?」という昔からありがちな質問だった。

 ロシアに行った経験のある方々、とくに観光客としてではなくビジネスなどで長期滞在していた人なら常識とも思える答えは「冷やさない」だった。コートのポケットから取り出したウォッカをそのまま飲む姿がワイン好きのゴルバチョフ以前はよく見られる光景だったし、冷やすなんてまだるっこいことをしている暇があったらもう一杯余計に飲むのがロシア人だと筆者も思っていた。バーでは「まぁ、ロシアでは冷やさなくても冷えますからね」という答えがお約束の落としどころでもあった。

 ところがSPIの担当者はこともなげに「えぇ、冷やしますよ」と答えたのだ。

 幕張は都内各地から1時間程度、遠いところからだと2時間近くかかる。帰りのことを考えると広い会場を少しでも周って、限られた時間を有意義に使いたいのが大多数の入場者の心情だ。そんな中で2時間近い貴重な幕張滞在時間をウォッカのセミナーに向けるわけだから、セミナールームの室内はまずウォッカに興味があり、人並み外れた知識がある方が多くなる。そこで筆者が問いかけた質問に思いもよらぬ回答が出てきたとき、会場がどよめいた。

 筆者も予想外の答えに驚いて翻訳の方に確認してもらったのだが、答えてくれたミャスニコバ・エカテリーナ氏は「なぜ、そんな当たり前のことを聞くのか」という表情で「えぇ、冷凍庫から出して普通に飲みますけど」と先ほどの回答を繰り返した。「その飲み方は最近のテキーラがメキシコでそうであるように、富裕層に限った話ではないのか?」と食い下がる筆者に「あぁ、昔は常温で飲む方もいましたね。現在は所得層に関係なくウォッカは冷凍庫に入れています」という回答が、今回のウォッカ・セミナーでいちばんの収穫だったかもしれない。

「ホワイトバーチ」「ネミロフ」飲み比べ

 さて、本題の白樺(英語でバーチ、ロシア語でベリョースカ)ウォッカに戻ろう。筆者の自宅には去年FOODEXで見てから購入したネミロフもあったことを思い出し、せっかくなので比較することにした。

 常温だとどちらもモスコフスカヤのスムースさに比べてインパクトがあり、とくにホワイトバーチは喉に刺激が強い。ネミロフのバーチはグリーンというか青リンゴのようなニュアンスがかすかに香るが、ホワイトバーチには特徴的な香りはない。白樺が出てくるのは後味で、飲み下した後にどちらも甘さが少し残る、というところで冷凍庫で冷やしておいた両者をさらに較べてみた。

 先ほどのネミロフ「バーチ」のグリーン系の香りは冷凍しても健在で、何というか白樺の樹林ってこんな香りがするのかな? という感じ。対するホワイトバーチは冷凍するとエステルのかすかな香りが、これまた白樺の林に入ったような清々しさを感じさせる。実際に飲んでみると、ホワイトバーチは常温以上に甘さが前面に出てくるが口当たりは柔らかくなる。一方、ネミロフ「バーチ」は甘さが少し引っ込んだ感じで、後口も常温よりサッパリした感じになる。総じて酒質が重たくなるので、モスコフスカヤ・クリスタルやスミノフ・ブラックを常飲している人間としてはアクセントに1杯、という感じになりそうだ。

●スミルノーバ・プランニング(ホワイト・バーチ取扱い)
http://shop.russianvodka.jp/

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About 石倉一雄 129 Articles
Absinthe 研究/洋酒ライター いしくら・かずお 1961年北海道生まれ。周囲の誰も興味を持たないものを丹念に調べる楽しさに魅入られ、学生時代はロシアの文物にのめり込む。その後、幻に包まれた戦前の洋酒文化の調査に没頭し、大正、明治、さらに江戸時代と史料をあたり、行動は図書館にバーにと神出鬼没。これまでにダイナースクラブ会員誌「Signature」、「男の隠れ家」(朝日新聞出版)に誰も知らない洋酒の話を連載。研究は幻の酒アブサン(Absinthe)にも及び、「日経MJ」に寄稿したほか、J-WAVE、FM静岡にも出演。こよなく愛する酒は「Moskovskaya」。