今年の食にまつわる出来事の振り返りは、各分野の専門家による恒例の「食の10大ニュース」をご覧ください。
ここでは、安倍晋三首相が9月の記者会見で発表した“アベノミクス”の「新3本の矢」を振り返っておきたいと思います。その3つは、
- 希望を生み出す強い経済/GDP600兆円
- 夢を紡ぐ子育て支援/出生率1.8
- 安心につながる社会保障/介護離職ゼロ
というものでした。
現在の政治と行政にこれらを実現する能力がどの程度備わっているものか、私にはわかりません。ただ、「国と国民が抱えている問題をわかっていたんだ」という点では評価したいと思います。
GDPは中国に抜かれて今日本は世界第3位だということは、誰しもよく知っているでしょう。それがどういう第3位かと言えば、2013年の統計で世界の総GDPが75兆5663億ドルであるところ、アメリカがその22.2%、中華人民共和国が12.1%を占めているのに対し、日本はわずか6.5%を占めているにすぎません。上位2カ国に比べて文字通りケタが違うわけです。中国には「ちょっと負けた」のではなく、半分です。
付加価値を生まなければ、他に貢献できるどころか自分さえ危ういというのは企業も国も同じことです。GDP600兆円というのは、世界の1割近くは取れるようにしようということでしょう。とは言え、これは全体の結果の結果ですから、企業や個人はそれぞれ、「なるべく儲かることを考えよう」としか言えないと思います。なんだか憂鬱になりそうです。
しかし、出生率と介護の問題はもう少し具体的です。こうしたことは、とかく医療や制度の問題に帰せられがちですが、実は食産業が貢献できるところ大と言えます。
子育てや身内の介護があると、もちろんお金もかかることですが、最も大きな問題は、一人ひとりの時間がなくなることです。極端なこと(しかもよくあること)としては、働く時間がなくなる。そこは確保したとしても、家事労働全体にかけられる時間が減る。余暇を楽しむ時間も減る。食事をかき込む時間は確保しても、ゆったりと食事を楽しむ時間は減る。あるいは、家族や好きな人のためにゆとりを持って食事を用意する時間が減る。
であれば、こういうことが考えられるでしょう。いいえ、食産業はすでに、いや常にこれを進めて来たと言えます。
- 食べる楽しみを創造する。
- 作る楽しみを創造する。
- それらを簡便かつ短時間に実現できる仕組みを作る。
おいしく、手ごろな価格で楽しめる飲食店が家や職場のそばにあることは、これに貢献しています。おいしく、手頃な価格で買える弁当・そうざいが手に入りやすいことも、これに貢献しています。料理が不得手な人でも、おいしく、手作りらしいものを作ることができる食材や調味料も、これに貢献しています。
そういう意味では、今後もこれまで続けてきた仕事をさらに進めればよいと言えるでしょう。
ただし、ここ20年ほどの反省をしておくとすれば、価格の安さと便利であることに注目し過ぎていたとは言えるでしょう。
そこで実現しようとした価格の安さは、多くの場合「生活者の懐を傷めない」ことではなく「他店から客を奪うために他店より安いこと」で、買い手のためのことではありませんでした。
またそこで実現しようとした便利さは、便利である結果として生活者が何を得るかのイメージが不足していたのではないでしょうか。本来実現したいところは、便利であるために、生活者が自分の時間を取り戻すことであったはずです。便利でも、作るプロセスと食べる場面が楽しくなければ、それは弱い。
思うに、よいコースに戻ることは容易でしょう。お客さんがニコニコと楽しく食事をしている様子を思い浮かべながら仕事をするのは楽しいことですから。ニッコリ獲得競争で収入を得て国も盛り上がるとすれば、やはり食の仕事は楽しい。
今年も「ブラック企業」という言葉がよく使われた年でした。しかし、このコースに戻ろうとすれば、働く人を追い詰めたり、取引先を搾ったりすることは誤りだったとわかるでしょう。
※このコラムはメールマガジンで公開したものです。