先週大きな話題となったのは、WHOのがん機関であるIARCが赤肉と加工肉の摂取の発がん性を評価したことに関することでした。ネット上には、肉食やハム・ソーセージががんに直結するようなセンセーショナルな書き込みがあふれました。
国立医薬品食品衛生研究所は、IARCによるこの評価がハザード評価であってリスク評価ではないこととを指摘し、IARCもそのことを繰り返し強調していること伝えています。
赤肉と加工肉のハザード評価
https://www.foodwatch.jp/nihs201522c/
さて。ハザード(hazard)とリスク(risk)、これら2つの言葉に意味の違いがあったのかと思った方もいるでしょう。今回の報告と騒動は、日本語の文化ではわかりにくいハザードとリスクの違いを理解するよいトレーニングになるかもしれません。
食から離れて考えてみましょう。
自動車にはハザードランプを点灯する機能が付いています。道路を走っている途中、何か問題があって車を路肩に寄せて停めるときにはハザードランプを点灯します。
道路を通行している他の車から見れば、路肩に寄せて停車している車の存在は、それが事故につながる危険をはらんでいるものということです。これがハザードです。ハザードランプは、「今、私の車はみなさんにとってのハザードになりましたよ」ということを知らせるランプだということです。
しかし、走行中の他の車は、ハザードランプを点けた車を見つけた場合でも、避けて通れば問題は起こりません。あるいは、何か助けになるだろうかと考えれば、あえてその車に近づこうと考えるでしょう。しかし、その場合も、こちらも路肩に寄せて減速し、ゆっくり近づいて行けば問題はありません。
それにしても、道路、とくに高速道路の路肩に車を停めることはやはりたいへん危険なことです。それで、たとえば「高速道路の路肩に車を停めた場合に、それによって事故が発生する確率は何%である」ということが調べてわかったとすれば、これは「ハザード評価」ということになります。
それでは、ハザードランプを点けて停止している車に誤ってぶつかるとどうなるか。重量何tの車が時速何㎞で走って来て、静止している重量が何tの車に、どのような角度で衝突した場合、双方にどのような破壊が起きて、どの位置に着座している人がどの程度死亡する可能性があるか。これを考えるのが「リスク評価」です。
赤肉を食べることと加工肉を食べることの「ハザード評価」の結果がこのたびのIARCの発表でした。今回、この報告を知ったということは、路肩に停止車両が全くない高速道路を走っているのではないと理解してドライブを続けることに似ているでしょう。
それでは赤肉なり加工肉なりについて、しかもそれらの肉の種類をさらに具体的に想定して、調理や食べ方や頻度も具体的に想定し、それぞれについてどの場合にどの程度のどのような不都合を生じるのか、これを検証するのが「リスク評価」ということになります。
そして、繰り返しますが、今回の報告は「ハザード評価であってリスク評価ではない」のです。
ゴルフをやる方は、もう少しハザードに詳しいでしょう。バンカーや池はハザードと総称するということです。これらも避けて通れば問題はないものです。また、つかまってしまった場合にどう抜け出すかの方法やトレーニングやルールがあるわけです。そして、ゴルファーたちは、コースにはハザードがあって当然と考えているでしょう。
おそらく、気の利いたゴルフコースというのは、最少の打数を狙おうとすると、ハザードに近づくように設計されているのでしょう。そこでゴルファーは、ハザードに近づくリスクとベネフィットを天秤にかけることになります。ということは、ゴルファーにとってハザードとは、ゲームをゲームたらしめる重要な要素でもあるわけです。
先ほどの車の例に戻ると、ハザードとなっている車を助けようと減速して近づく他の車も実は新たなハザードとなるわけですが、心優しいドライバーはそのリスクを取ってでも人助けをするベネフィットに注目するのでしょう。
改めて押さえておきたいのは、今回のIARCの報告が「ハザード評価」であるということは、赤肉と加工肉を避けよと言っているのではなく、赤肉と加工肉との付き合い方を考えよと言っているのだということです。つまり、赤肉と加工肉を食べることはハザードであるから、リスクとベネフィットを天秤にかけよということです――有用なリスク評価は通常この形で行われます。
思うに、赤肉と加工肉の報告について、最大の要点はIARC長官Christopher Wild博士のコメントにあります。
「これらの結果は、政府や国際規制機関が赤肉や加工肉を食べることのリスクとベネフィットのバランスをとり、可能な限り最良の食事助言を提供するためにリスク評価を行うことを可能にする」
※このコラムはメールマガジンで公開したものです。