ワインに力を入れているお店の中には、まだ四半世紀前のバブルの亡霊が棲んでいるように見える店がときどきあります。料理にハウスワインを合わせればお店の様子から想像した客単価に収まるところ、ワインリストから別なワインを選ぶと客単価が2倍にも3倍にも、あるいはそれ以上にもなってしまうような場合です。これであると、おそらく料理やインテリアやサービスが釣り合わないという印象を残すでしょう。
比較的安価で味の安定したワインを上手にそろえて、さまざまな年齢層に支持されているワイン居酒屋と呼ばれる業態に人気店が現れているなか、お客にワインを存分に楽しんでもらえていないビストロやワインバーをときおり見かけるのは残念なことです。
これはおそらく、ワインの品ぞろえを銘柄オリエンテッドで考えたためだと思われます。ワイン通であることを示したいとか、いいものを置いて店の“格”を保ちたいとかといった見栄や、店の設計以上のラッキーな売上げを夢見る射幸心などから、つい名の知れた銘柄や、経営者の自尊心をくすぐるのが上手な営業の方が薦める銘柄をそろえることから考えてしまい、高い仕入値のものをピックアップすることとなり、結果、フードのメニュー表とのバランスの悪い価格帯のワインリストを作ってしまう様子を想像します。
極端な話、上衣なしで入れる店のワインリストに「ロマネ・コンティ」があったら、お客はキツネにつままれたような気分を味わうか、「ぷっ!」と吹き出してしまうでしょう。それはジョークに見えますから。
ちなみに、ワインではありませんが、高知県南国市に「ゆず庵」という楽しいレストランがあり、そこのメニュー表には「くじら姿寿司」という品が書かれています。「え?」と思って価格を見ると「要予約、前金で3億5千万円」と書かれている。初めて来店したお客が「ぷっ!」と笑うところです。
ただし、「ゆず庵」のオーナーは面白さを愛するとても頭のいい人ですから(私はお会いしたことがありませんが、「日経レストラン」記者時代の同僚が何度か取材して、ご様子はよくうかがっています)、きっとこの「3億5千万円」はそれなりの原価計算をして書いているものと思われます。「『ゆず庵丸ごと定食』(1000坪のゆず庵全部と、ごはんとみそ汁。PS. 社長と従業員は付きません)2億円」という品も書かれているので、なおのことそう思わされます。これぞ「計算された笑い」というものでしょう(意味が違いますが)。
閑話休題。ワインで価格政策を誤らない品ぞろえをするためには、やはり適正な売価を設定することから考えたいものです。つまり、お店にとって適正な客単価を設定し、その中でのワインのシェアを決め、そこから導かれるワインの売価を決め、それを実現する銘柄を選ぶわけです。
ただ、そうするとワインリストとしてどうしても“見劣りする”ということがあるかもしれません。「フランスワインがないと格好がつかないのではないか」「イタリア産とチリ産が目立ち過ぎるのではないか」「マスプロ商品として有名でファミリーレストランチェーンも置いているようなものを置くと店のイメージを壊すのではないか」などと不安になることもあるでしょう。
しかし、そこにこそ、店の特徴を出すチャンスがあるはずです。なぜその銘柄をワインリストに載せたのか、価格面以外の説明を考えるのです。難しく考えることはないでしょう。「これ、私が大好きなワインなんです」「修業時代にこれにはずいぶんお世話になって」「ヨーロッパの友人が毎日飲むにはこれがいいよと教えてくれたので」などなど、いろいろな説明はし得るでしょう(あくまで事実であることを推奨しますが)。
とにかく、それを聞いたお客が「へぇ」とつぶやくような、「ほぉ」と感心するような話です。それが、そのラインナップに理由を与え、お客からの同意・賛意を勝ち取るのです。
私はフードサービス業で通常「付加価値」と呼んでいるもののほとんどは、粗利益や人件費などとして単品ごとに金銭として計上し得る価値(経理・財務で定義づけられている付加価値)ではなく、客数増に効果をもたらす、数値での把握はしにくい好印象や複雑な思い出のことを指していると考えています(※)。
ここでお客が漏らす「へぇ」「ほぉ」は、その意味の付加価値の代表的なものでしょう。
※「繁盛の秘密・付加価値の正体」参照
https://www.foodwatch.jp/category/strategy/truevalue/
※このコラムはメールマガジンで公開したものです。