机を整理していたら、故渥美俊一氏のお別れの会でいただいた冊子が出てきました。渥美氏が亡くなったのは2010年7月21日。私はその秋に香雪社を設立し、11月にFoodWatchJapanをスタートしました。あれから仕事にかかり切りで、自宅の書斎は荒れ放題。その中でいろいろなことを放ったらかしにしたり、忘れたりしていました。
片づけの手を止めて、しばらく渥美氏のことを思い出していました。やはりいちばん印象深いのは、全国の小売業、外食業などのチェーンストアのトップが集まる箱根のセミナーのことです。いかに大企業の社長であろうとも、遅刻すれば入れてもらえない、居眠りをすればその場で名指しされて立たされ、「出ていけーっ!!」と怒鳴られる。会場は常にピリピリとしたムードでした。
その中で、出席する各社の社名とその経営指標を渥美氏が読み上げ、レビューしていくという場面がありました。渥美氏が常々こだわっていたのは人時生産性(粗利益÷総労働時間数)でした。概して外食産業の人時生産性は低く、渥美氏はそこを突いてくるので会場の緊張感はいやまします。対して小売業はそれより高めであるため、会場の雰囲気は少しやわらぎます。
ところが、いくつかのアパレルチェーンの数字で、渥美氏の態度はまた豹変するのです。人時生産性が「高すぎる。こんな会社は消費者をだましてるんだ!」と一刀両断。会場が静まりかえった様子を今でもまざまざと思い出します。
渥美氏は日ごろ各社のさまざまな情報に触れていますから、「消費者をだましている」とまで言う裏付けとなる何かを知っていたのかもしれません。ただ、単純な数字一つで、およそその会社の考え方や実際の営業の様子はつかみ得るということは繰り返し示そうとされていたことを思い出します。
木曽路の一部店舗で、メニューに松阪牛などと表記しながら実際には安価な別の和牛を使って商品を提供していたという発表を知ったのは、ちょうど箱根のそんな思い出に浸っていたときでした。
一般論として、100店を超えるチェーンであれば、成績がよすぎるグループというものは簡単に抽出できるはずです。そうしたグループに対して、不振店のグループと同様にチェックを入れるということはしておくべきことでしょう。
また、現代はPOS(point of sales)システムというものがあり、いつ、どの店で、どんなお客が、何円の、何を、いくつ買ったかといった情報をリアルタイムで把握、管理できるようになっています。これと受発注管理システムが連動しているチェーンならば、“売る材料を持っていないのに売っている店”などは、外部からの問い合わせがなくとも日々の自動集計でたちどころに浮き上がらせるということは、たやすいことでしょう。
やはり箱根で小売業、外食業の経営者を対象にセミナーを重ねていた商業界の故倉本長治氏の言葉も思い出します――「店の中には嘘がある。一日一日、その嘘を一つずつなくしていこう」。それこそが、商業の継続というものなのでしょう。
※このコラムはメールマガジンで公開したものです。