この夏、あるデパートの社員さんから、いい話を聞きました。ちょっと尊敬したくなるお話です。
落ち葉とシール
この方は、地下食品売場つまりデパ地下の一角を担当している20代の女性です。何度かお話して、愛社精神と食の仕事にかける情熱はピカイチだなと感じていました。かわいらしい方なんですが、心はサムライです。
この夏の商戦に燃えていた彼女は、前向きな心配(みんなで成功したい、しくじりたくないといった気持ち)を抑えていられず、ある日から定時より早く出社することを決めました。それで始めたことがフロアの掃除です。きっと、ただ見回ったり声をかけたりするだけでは手としてもったいないし、おそらくは、“にらみをきかせている”というように思われて角が立つのもいけない、何か“仕事”をしているべきだと考えたのだろうと想像します。
それで面白いのが、ほうきとちりとりを持ってフロアを巡っていると、いろいろな発見があると言うのです。たとえば、落ち葉を見つけます。それは、靴底に付いていたものがフロアではがれたものらしい。行楽帰りのお客さんが来店したのだと気づきます。また、何かキャラクターのシールがはがれて落ちていた。小さな子がそこにいた様子がまざまざと目に浮かびます。昼間、目に見えていても特別に感じていなかった売場の様子が、かえってはっきりと実感できたように、そのことを楽しそうに話してくれました。
もちろん、そのように朝そこにいて手を動かしていることで、テナントさんとの一体感も深まったようです。
“経営者”の振る舞い
私の師匠の一人、農業技術通信社の昆吉則社長は、私が同社社員だった頃、「サラリーマンでも“経営者”として考えろ」と言い、あるいは農村での作法や流儀について私が意見を乞うと「“経営者”として、君がどう思うかだ」と教えてくれました。
この“経営者”とは、当事者意識がしっかりしていて、自ら立てた目標を愛する人で、また同様の人に仲間意識や敬意を抱く人だと言えると思います。同社が発行する雑誌の誌名が「農業経営者」であるのは、昆社長のこの想いが込められているからです。
そう教え諭されながら、私はでくのぼう社員だったと思うのですが、このデパートの彼女の行動は、まさに昆社長の言う“経営者”の振る舞いだと思います。だから「尊敬したくなるお話」というわけです。
掃除をすることの御利益
店の掃除をする、ということは、ベテランにとっては「当たり前だ」と思われることでしょう。その“当たり前”を自分で気づいて実践したところが立派と思いますが、ここでちょっとその“当たり前”の御利益をおさらいしておこうと思います。
繁盛店の経営者や手練れのコンサルタントは、「暇になったら店前の掃除をしろ」と口をそろえます。そうするとよいという理由は、ざっと以下のようになるでしょう。
【外部への影響】
・店頭がきれいになって印象がよくなる。
・「あの店やってるね」という風に“営業感”が出る。
・店の人が働き者だと思われる。道路まで出て掃除をすれば、街に貢献するいい人がいる店だと思われる。
・その様子を見た人ならば、そこで“ポイ捨て”をする気持ちにブレーキがかかる。
【外部での気付き】
・気温・湿度・風・雲行きといった気象がわかり、営業のヒントになる。
・前面道路や周囲の客足や、工事等の変わったことがないかがわかり、営業のヒントになる。
・店の外側で修理・メンテナンスが必要な箇所があれば、それに気づくことができる。
【内部への影響】
・アイドルタイムはパート・アルバイトが私語を交わすなどして“店が荒れる”状況を来しやすいところ、パート・アルバイトにこれをしてもらえば、それを回避できる。
・以上を、すでに支払うことになっているコストの範囲で実行できる。
いいことずくめです。そしてこれは、“経営者感覚”を育てる第一歩なのでしょう。
何より、磨いているものは大切に思えてくるものです。この夏、店の食材や機材にひどい扱いをする若者が何人も現れて話題になりましたが、彼らが“経営者”になっていれば、そのようなことは起きなかったのだと思います。