台風15号で沖縄ではケガをされた方が出ているようです。お見舞い申し上げます。
そういうときに気軽な話もどうかと思うのですが、沖縄でいろいろ思い出す中で、ちょっと好きなお話を。
沖縄では割と知られた話のようですが、1989年に発行された「事典版 おきなわキーワードコラムブック」(まぶい組編、沖縄出版)という本で読んだお話です(原文のままではなく少々脚色してお伝えします)。
県外から沖縄に来たある人が、食堂に入ってメニューを眺めます。見慣れないメニュー名もあるので、ここは無難な選択をと、「おかずとみそ汁とご飯をください」と注文しました。
すると、食堂のおばさんは怪訝な顔をして尋ねます。「他に誰か来るのかい?」と。注文した人は、なぜそんなことを聞くのだろうと思いながら、1人だと答えます。
さて、しばらくしてこのお客さんはびっくり。おばさんは野菜いためのおかずと、大きな丼に入った具だくさんというにはあまりにも具だくさんなみそ汁を持って来ました。このほかに普通のお椀のみそ汁を1つ置き、さらに、ご飯は丼飯が1つと、茶碗に盛ったご飯が2つ。食べきれない食事を前に、この人は呆然とする、というお話です。
沖縄県以外の方のために、この不思議の種明かしをしましょう。沖縄の食堂では、たいていのメニューは定食になっているということです。だから、「おかず」と頼めば、おかずと、茶碗のご飯と、お椀のみそ汁が出て来ます。「みそ汁」というのも、さまざまな具がどっさり入った、これで完結する食事ということです。ですから、これにも茶碗のご飯が付きます。そして、これらとは別に「ご飯」と注文したので、丼飯が付いたというわけです。
「事典版 おきなわキーワードコラムブック」では、知人の失敗談として出てきますが、まあ、本当なのか冗談なのか定かではありませんが、あり得るお話ということでしょう。
しかし、沖縄でも他の地域でも、経験の長い食堂の人なら、こういう場合にただ注文を通しはしないでしょう。実際、このお話でもおばさんは「他に誰か来るのか」念を押しています。この、“あり得ない”注文を受けた場合、聞いてみるといい質問は、恐らく以下になるでしょう。
1.他に誰か来るのか。
2.どうしようもなくお腹が空いているのか。
3.いろんなものをちょっとずつ食べたいのか。
4.沖縄の食堂のことがわかっていないのか。
これを聞くことは、ニーズの核心に迫ろうということです。そして、聞き出したニーズの核心によって、よりよいソリューション(解決)は異なってきます。
1.の場合。一度に提供するのではなく、連れが来店してから順次提供することを提案する。
2.の場合。上述の寸劇のように、一度に提供する。あるいは、ボリュームがあって割安なメニューが他にあるなら、そちらを推奨してみる。
3.の場合。対応可能なら、1つずつ小ポーションで提供する。
4.の場合。沖縄の食堂のこと、それぞれのメニューの内容を説明する。
このように、お客が最初に求めるソリューションは、ニーズの核心に対応するものではないことがあります。いえ、むしろお客本人のニーズに最も合ったソリューションを、お客自身が知らないとか間違っている場合のほうが多いでしょう。
だから、食堂の人に限らず、ビジネスパーソンはどんな場合も、ニーズの核心に迫る作業を忘れてはいけないのです。注文通りのものを出して、「こんな結果になるはずじゃなかった」と苦情を言われたとき、「だって、あなたがそう注文したのに」「言われた通りにしただけなのに」と、「のに」の付く言い方で返したり、返そうと思い付いたりするようでは、プロとは言えません。いわゆる「子供の使い」というものです(この寸劇のおばさんは、結果的には不完全ながら確認をしていますから、該当しないと考えましょう)。
「何を当たり前のことを」と思う方もいるでしょう。しかし、フロア係がいるレストランや居酒屋で、どうも最近こうした「のに」タイプのスタッフをよく見かけます。
ロボットの代用と考えて人間を使う店もあるでしょうが、元気のよい挨拶、ぴかぴかの笑顔、余計なお世話の乾杯の音頭取りなどなど、「サービスやホスピタリティに力を入れている」と考えるお店ならば、ニーズの核心に迫るトレーニングにも力を入れてほしいものです。
それは、働く若い人に一生モノの大きな力を与えることにもなるはずです。
※このコラムはメールマガジンで公開したものです。