北海道に「八列とうもろこし」という古い品種のトウモロコシが伝わっています。私の柴田書店時代の先輩で、現在は北海道を中心にスローフードやスイーツの取材をされている深江園子さんが、以前教えてくれました。
※このほど弊社から、彼女と漫画家のまうのすけさんの電子書籍「人気の北海道スイーツ完全ガイド」を刊行しました。
八列とうもろこし、私は収穫したままの実物は見たことがないのですが、細長く、断面を見るとトウモロコシの粒の列が8列になっているため、この名で呼ばれているということです。
北海道でかなり以前から栽培されている品種で、今もこの品種を守っている農家がいらっしゃいます。スローフードが独自のガイドラインで選定して支援する「味の箱舟」にも選ばれています。
ところが、この品種、人がおいしく食べるとなるとなかなか難しい代物のようです。収穫してすぐに、どんどん硬くなっていってしまうので、ゆでて食べてもおいしさが伝わらないことがままあると言います。
北海道の農家の間には、トウモロコシは鮮度第一であるということを言うために「お湯を沸かしてから取りに行け」という言い方が伝わっています。昨今、スーパーなどで簡単に手に入り、それをたとえば買って翌日ゆでたとしても、これでは食べられないというほどに味が落ちるわけではありません。それを思うと、「お湯を沸かしてから」というのは、ちょっとオーバーではないかと思っていました。しかし、この八列とうもろこしの難しさを聞いて、なるほどこの品種を盛んに栽培していた時代からの言葉なのだと合点がいった次第です。
北海道で「八列とうもろこし」と呼ばれるこの品種の正体は、「ロングフェロー」あるいは「札幌八列」というフリント種のトウモロコシのようです。粒は硬く、米国では飼料用や工業用に使われる系統です。
それで、深江さんにはゆでて食べることよりも、粉に挽いて製菓などに薦めてはとお伝えすると、深江さんもちょうど製粉を考えていたとのことでした。
それが数年前のことですが、その後さっそく製粉した農家の方が挽き方を変えた何種類かを送ってくださいました。挽きぐるみで、スーパーで手に入るきれいにより分けたものとは違う、人間くさい温かみを感じる粉でした。
ちょうどその頃、アメリカ穀物協会の方からコーンブレッドを教わっていたので、いただいてすぐに焼いてみました。粉の見た目からは、野性味が出過ぎるのではと思っていましたが、考えていたよりもずっと上品な香りと味で、粒々の食感もほどよく残り、素人の私にもなかなかよく出来たと思えるものになりました。
私は、スローフードが志向する“伝統”なるものは“近代”と双子と見ています。それらは世界が近代文明を打ち立てていく中でセットで現れたものであって、どちらが優れている/劣っているものではないと考えています。
ただ、あのコーンブレッドを食べてからは、同じことを言うにしても皮肉めかして言う態度は謹もうと考えるようになりました。実際に口の中で感じる味のほかに、こういう食べ物は想像力をかき立ててくれます。
北海道の開拓時代の風景はどんなだっただろうかとか、この八列とうもろこしを北海道に伝えたのは彼のクラーク博士だったのではないかとか、あるいはこれをくわえた馬の口もとの動き、畑からこれの何本かをもいでお母さんが鍋の前で待ち構えている台所へ駆けていく子供たち、太平洋の彼方アメリカでの同様の風景、などなど。
食べ物は間違いなく、効率だけではない、カロリーや栄養学的な栄養だけではない、別の大切なものを確かに、豊かに含み得るものです。
そんな食べ物を、これからもいろいろな視点から、いろいろな面を見て、幾通りにもお伝えしていきたいと考えています。
※このコラムはメールマガジンで公開したものです。