隔週土曜日に「食って・走って・また食った」を連載中の上荻吾朗氏には、なるべく“普段使い”のできるお店のレポートをとお願いしていますが、このところ都内のさる三つ星レストランにご執心です。
しかしこの大人気のレストラン、現在2カ月先の予約を取るにも「電話が“チケットぴあ状態”」だそうです。電話がつながること自体が至難というわけです。お店のWebサイトにも、電話回線増設、電話応対スタッフ増員に努めているものの、つながりにくいことについてのお詫びが書かれています。
インターネット時代に“チケットぴあ状態”という表現は若い方にはピンと来ないかもしれません。飲食店については、米国のOpen Tableが2006年に日本にも上陸しています。こちらは24時間、Webサイトから、好みのレストランの好みの時間の好みのテーブルをお客自身がリザーブできる仕組みで、米国の名だたるレストランの多くが採用していて“標準”となっています。
こうした仕組みを使えば、予約についてのお客とお店双方の負担は軽減できるように思われますが、お客とのコンタクトのあり方、対話の内容をどのように考えるかで採用するかどうかの判断は変わってくるでしょう。
食に関する話題から少しずれますが、化粧品通信販売のドクターシーラボは2011年1月から電話対応の仕組みを変え、それ以降売上げが好調で、お客からの評判も良好とのことです。ロイヤルティの高い顧客(通信販売業界では一般的に、最新の購買時期、購買頻度、購買金額などのデータに基づいて抽出します=RFM分析。しかし、会社によってさまざまなノウハウがあります)やシニア層に専用の電話番号を告知し、その番号では特別な応対をするとのことです。
特別というのは、まず、電話がつながって最初に自動音声による案内で用件を選択させるということを廃止し、最初から人間が電話に出ることにしたということです。そしてオペレーターには相当の権限を委譲し、お客の要望に柔軟かつタイムリーに対応できるようにしています。そこで重視しているのは、「お客様に寄り添う」こと。そしてマニュアルの棒読みではない自然な対応に努めているということです。
一般に、ロイヤルティの高いお客にこうした対応を行うのは、リピートを高めるためです。月曜日に「恢復するチェーン」を連載中の奥井俊史氏は、こうした対応は本来、企業側が勝手に選んだ一部のお客に対してではなく、すべてのお客に対してとるべきと勧めていますが、今日は“誰に対して”の問題は棚上げにして、リピートを上げるためにそのような方策が奏功したという点に注目しておきましょう。
通信販売は、顧客接点としての実店舗を持っていません。しかも、どの商品分野でも競合品が多くなっています。他社と同一の商品を扱う通信販売会社も少なくありません。一方、配達、返品への対応、コールセンターの運営などなかなかコストのかかるビジネスでもあり、価格競争へ進むと苦しくなります。そこでいかに価格を維持したまま売上げを伸ばすかを考えた場合、最も費用対高価が高い対策は新規顧客の獲得よりもリピートの増加であるということになっています。
この制約の多い経営環境でいかにリピートを増やすかが頭の使いどころです。商品の特徴による差別化に限界がある。しかも価格は下げたくない。すると残るのは、カタログの魅力を上げることと、接客つまり電話対応の魅力を上げることとなります。ドクターシーラボはその課題に真っ直ぐ対応したと言えるでしょう。
いいえ。リピートを上げる方法はもう一つあります。定期的に購買のある商品を持つことと、それのアピールに力を入れることです。たとえば消耗品です。Amazonなども、最近はいわゆるオフィス・サプライなどの消耗品の販売を推進しています。
さて、翻って外食産業では最近売上げアップのためにどのような手を打っているでしょう。“失われた10年”以降、多くの飲食店が取り組んでいるのは新規の獲得の方で、リピートについては二の次という場合が多くなっているように見えます。
私どものオフィスのある新宿界隈だけでなく、東京の主な繁華街の多くで、客引きが通行を妨げている様子が目立つようになってきました。2005年に風適法が改正されて以降、風俗営業の客引きはかつてのように多かったり、しつこかったりということはなくなってきています。しかしそれに取って代わるかのように増え出したのは、風俗営業には当たらない居酒屋やレストランの客引きです。
また、Webや無代誌での有料の店舗紹介(レスポンス広告)、クーポンの配布・頒布にコストをかけている店も増えています。クーポン・ビジネスへの参入や無代誌の発行部数の多さが、それを証明しています。
これら自体は、リピートではなく新規を取るための手段です。違法な客引き(一般の居酒屋やレストラン等に風適法は適用されませんが、路上での無許可での営業行為は道路交通法違反、つきまといは軽犯罪法違反です)はさておき、Webや無代誌での広告やクーポンの展開はキャンペーン等に上手に使えばいいでしょう。ところが、これらを使わないと日々の客数が確保できない“麻薬”になっているというお店の悩みをしばしばうかがいます。
飲食店はリアルな店舗で雰囲気の演出が可能で、生身の人間がお客に対応するビジネスです。これは本来、店舗のない通信販売より遙かにリピートを獲得しやすい仕組みを持っていると言えます。通信販売はその欠点を補う必要があるからこそ、ロイヤルティの高い顧客を抽出したり、電話対応の内容を変えるなどの努力をしているのです。
にもかかわらず、実店舗を持ちながら販促コストが常に高いレベルにある飲食店は、その異常さに気付いて手を打つべきでしょう。どれだけコストをかけようとも、路上で拝み倒して連れてきたお客、クーポンや割引で釣って強引に引き寄せたお客は、ほかに手を打たなければリピートはしません。また、これらのコスト・アップは、品質を維持するためのフードとレイバーへのコスト配分を圧迫します。
リピート増につながる具体的なポイントは、前述の通信販売の例にある通りです。
(1)お客に不便・不快を感じさせない。
(2)お客に寄り添う対応を実現する。
(3)再来店する理由となる商品やサービスを持つ。
(3)は何でしょうか。飲食店には、コピー用紙やプリンタのインクのような消耗品に当たるものはありません。でも本当はあるのです。
たとえば、上荻吾朗氏がくだんの三つ星フレンチに“はまって”いるのは、「三つ星レストランだから」「有名・評判だから」ではありません。「思い出すとまた食べに行きたくなってしまう」「前回を上回る感動をまた味わってみたい」「オレにとって特別な店だ」――そんな風に思うから、好きな俳優の舞台を見に行くように、好きなミュージシャンのコンサートを聴きに行くように、“チケットぴあ状態”の電話に何度でもトライするのです。
ちなみに彼が度はずれた金満家ではないことも申し添えておきます。そして彼には、客単価数百円のお店にも、同様に愛しているお店があるのです。
※このコラムはメールマガジンで公開したものです。