日本経済新聞電子版は大発会のあった1月4日夜、カカクコムが運営するクチコミ・サイト「食べログ」で、好意的な投稿を請け負う業者が活動していることが4日にわかったと報じました。その記事中、同社が昨年末までにそのような業者39を特定したことと、対策の強化、悪質な業者に対する法的措置も検討といった意向も報じています。
これを受ける形で、カカクコムは翌5日付けでプレスリリースを発表しましたが、内容的には前夜の日本経済新聞の記事で網羅されていたと言えるでしょう。
同社の株価は、6日に山岡賢次消費者担当相が対応を検討する方針を発表したこともあって大きく下げました。しかし、同様のサービスを行っている有力なサイトはないことから、このままということはないのではないでしょうか。
日本でレストラン情報サイトに先鞭をつけたのは「ぐるなび」です。食事に行く、飲みに行くというとき、一時は誰しも「ぐるなび」を検索していたものでした。ただ、「ぐるなび」は運営会社と店で作り込んだ情報を提供する形を主体とするもので、言わば発信型、管理型のサイトです。多数の営業マンを抱え、広告主である各店を丁寧に巡回してコンサルティング型の営業を行うことを売りとしてきました。
これに対して「食べログ」は消費者が情報を持ち寄ってサイトを作っていく創発型のサイトです。「ぐるなび」は従来のビルボードや紙の情報誌をWebに置き換えた形と見ることができますが、「食べログ」は従来型のメディアが不得意とする、インターネットのよりインターネットらしいところを生かしたサイトと言えます。
「インターネットのよりインターネットらしいところ」とは何かと言えば、それは“世間の加速”“世間の増幅”といったことになるでしょう。かつて数カ月から数年かかってある一定の範囲に伝播・到達したクチコミが、インターネット上では数週間や数日、短ければ分単位で伝播します。また、昔は「1人のお客の背後には10人の潜在顧客がいると思え」というのが、商業に携わる人たちの合い言葉でした。これが今や10倍や100倍では済まない話になっています。
「食べログ」はインターネットがある社会のそうした特性に沿った形で設計されたものでしょう。短期間に人気サイトに成長したこともうなずけます。
飲食店にとっては痛しかゆしというところもあります。情報が伝わることはありがたいことですが、“世間”ゆえに、真偽いずれにせよ悪い情報も伝わり得ます。自分ではよい店を作っているつもりでも、全く顧みられないということもあります。コントロールしようと思えば、インターネット以前からある世間と同様に、臨機応変に知恵も使えば心遣いも必要というところです。
“やらせ投稿業者”を使いたくなる心は、そうしたままならない世間に対する抗いなのでしょう。あるいは、藁をもすがる心でいたところへ、口車に乗ってしまったのかもしれません。しかし、そのお金は別の方面に使うべきだったはずです。つまり、食材にかけるか、教育にかけるか、あるいは店舗のメンテナンスにかけるか、そういった本質的なものを向上させるコストとして。
広告費を使うとすれば、はっきりと広告とわかる形で、あるとき一気呵成に展開するべきでしょう。いつ始まっていつ終わるかわからない戦いと、戦力の逐次投入は、昔から軍師の戒めるところです。
そもそも店は内側から手を打っていくというのが鉄則です。まず商品、人、次いで食器、食卓、内装。そこが整って「これはぜひお客さんに見てほしい、食べてほしい」と思えてはじめて外装に手を入れる。看板や黒板を出す。メディアを使った広告は最も内部から遠い外も外ですから、最後の最後です。
その呼吸を知っている店であれば、そもそもクチコミで強いはずなのです。「外から見たら古くさいのに、中はすごくオシャレなお店だよ」「全然宣伝してないのに、むちゃくちゃおいしいんだよ」というように、「のに」がある店は昔から強いのです。
ハデさはなくても、長く繁盛している店の多くがそのような形になっています(だからと言って外装を汚さないでください)。実は私も記者時代から、取り上げる繁盛店を探すときには、そういうお店を狙いうちにして下見をしてきました。
請け合いますが、逆をやっている店は決して長く続きません。かっこいい広告、美しい外観、美辞麗句の並ぶ店頭看板。そして雑然とした店内、愛想のないスタッフ、まずい料理。そんな店を街からなくすためには、誰もがめいっぱいの努力をするでしょう。
“やらせ”でよいことを書いてもらうというのは、この類に違いありません。
今回のカカクコムの発表は、消費者主導のクチコミの場を守ることの決意表明、“世間に対する抗い”は解決にならないということの宣言――私はそのように受け止めています。
一方、昨今のその“世間”はどうなのかというお話もしたいのですが、つねづねサイトウは話が長いとお叱りをいただいていますので、それは来週にします。《つづく》
※このコラムはメールマガジンで公開したものです。