料理本ブームのさきがけ・江戸時代の「豆腐百珍」

豆腐のみそ漬け
熊本県の伝統食品「豆腐のみそ漬け」

近年、「体脂肪計タニタの社員食堂」を筆頭に、企業による特徴ある料理本の発行が増えている。また、料理人や料理研究家等による料理本の発行も相変わらず盛んだ。しかし、料理本ブームというのは現代特有の現象ではない。実は、料理本ブームは江戸時代にも存在した。その嚆矢は「豆腐百珍」の大ヒットで、以降「百珍本」が次々に発行された。この「豆腐百珍」の遊び心は現代にも伝わっている。料理本ブームを振り返り、また豆腐類を原料とした新旧の加工食品も紹介したい。

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新旧料理本ブーム

「体脂肪計タニタの社員食堂 ~500kcalのまんぷく定食~」

 料理本の人気が高まっている。従来は料理研究家や栄養士、料理上手のタレントの著作が多かったが、ちょっと変わった本が増えてきた。その口火を切ったのは、体脂肪計等の製造会社タニタだろう。2010年、健康に配慮した社員食堂にまつわる書籍「体脂肪計タニタの社員食堂 ~500kcalのまんぷく定食~」が刊行された。これに書かれたレシピが自然にカロリーを減らせると評判になり、2012年には掲載メニュー等を提供する「丸の内タニタ食堂」を開店。2013年には映画化もされた(FoodWatchJapan連載「スクリーンの餐」第49回」参照)。これらの活動は、「タニタの『社員食堂』を起点とするビジネス展開」として、2012年「第4回日本マーケティング大賞」(日本マーケティング協会)を受賞している。

 その後、やはりカロリーに配慮した「日本一おいしい病院ごはんを目指す! せんぽ東京高輪病院 500kcal台のけんこう定食」が出版されている。“病院食なのにおいしい”という意外性も注目を集めた。

 食品メーカーも負けてはいない。2012年以後、しょうゆを使ったレシピ本「キッコーマンしあわせのおいしい食卓」、ヤマキの「ヤマキの秘伝めんつゆレシピ 毎日使える万能110品」、大塚食品「マンナンヒカリのヘルシーレシピ」「いなばのタイカレー缶レシピ」等とレシピ主体の料理本の出版ラッシュが続いている。

江戸庶民のグルメブームと「豆腐百珍」

 話は変わって江戸時代。百万都市の江戸向けに関東しょうゆが興隆する。(第17回「しょうゆの将来」参照)。この濃口しょうゆをベースに、屋台で手軽に食べられるファストフードが、次々と開花した。すし、天ぷら、日本そば、うなぎの蒲焼き等の代表的な日本料理である。これらは、今日では名の通った料理店で食べようとすると、相当な出費を覚悟しなくてはならない。しかし、それなりの品質で妥協できるならば、回転ずし、天ぷらチェーン店、スタンドそば店、牛丼チェーンのうな丼などがあるという具合に、依然として庶民の味と言えそうである。

 さて、1782(天明2)年、江戸時代のグルメ文化を背景にして、新しいタイプの料理本「豆腐百珍」が誕生する。ヒットした理由は、単なるレシピ本ではなく読んで楽しめるように工夫されていた点にある。豆腐の歴史や作り方、うんちくも収めている。また、100種の豆腐料理を6段階の等級(尋常品、通品、佳品、奇品、妙品、絶品)に評価した遊び心も読者に受けたのだろう。

 著者は醒狂道人何必醇(せいきょうどうじんかひつじゅん)氏、もちろんペンネームである。実際は、篆刻(てんこく:書画等に用いる印を彫ること)家の曾谷学川(そやがくせん)とする説が有力だ。

 翌年には引き続いて「豆腐百珍続編」、2年後には「豆腐百珍余禄」が刊行される。さらに、本書のヒットにあやかって、鯛、柚、大根、卵、甘藷、海鰻(はも)、蒟蒻等の百珍ものの刊行がブームになった。

平成版「豆腐百珍」

 豆腐百珍に込められた食材への想い、遊び心は、しっかりと現代まで伝わっている。たとえば、現代版の豆腐百珍と言える書籍がたくさん出版されている。アマゾンの書籍サイトで検索すると、「豆腐100珍now」「新・からだ思いの『豆腐百珍』――豆腐料理100+α」「豆腐料理――豆腐・おから・豆乳・湯葉・油揚げ・高野豆腐」「全豆連公認おとうふ大使 とうふ美人のヘルシーレシピ80」「お豆腐屋さんの とうふレシピ」「おかめちゃんのアイデアいっぱいお豆腐レシピ からだおもいの73品」などなど枚挙にいとまがない。これらには関係者の名前を盛り込んだ長い書籍名も多く、一部は前段に列挙した企業監修の料理本に属するだろう。

 豆腐レシピを専用とするウェブサイトも相当数存在する。「とうふ百珍2011」「平成・豆腐百珍」「三之助豆腐で作る豆腐百珍」等々である。また、日本豆腐協会全豆連でもレシピを紹介している。さすがに現代風にアレンジした豆腐料理の数々が並んでいる。乳製品やカレー等を使用した料理があり、どれもおいしそうである。

 一方、豆腐関連製品を使った新しいレシピとして筆者が注目しているのは、日本海藻食品研究所のWebサイトである。たとえば、豆腐やおから、海藻を原料にして、「溶けにくいソフトクリーム」「毎日が旬の牡蠣」「うなぎ!? おからから作られたヘルシーなうなぎ」「人工白子」等がある。これらの開発のコンセプトを次のように記している――「特別な原料を使用せず、各地域の特産品で、規格品外になってしまったものを新たな形にし、無駄なく楽しんでいただけるよう開発している」。

 市販されているのが一部に限られるのは残念である。手作りが主体で量産ができないのかもしれない。

地域の伝統的豆腐食品

豆腐のみそ漬け
熊本県の伝統食品「豆腐のみそ漬け」
秘伝豆酩
熊本県産「秘伝豆酩」
豆腐のもろみ漬け
宮城県産「豆腐のもろみ漬け」

 上記以外にも、豆腐を原料とした伝統的な料理が各地に伝わっており、注目したい。一般に知名度が高いとは言えないが、いくつか紹介するので、機会をみてお試しいただきたい。料理というより、加工食品と言った方がよいが、それぞれ独特の風味を備えているため、はまる人がいても不思議ではない。

 まず、豆腐百珍にも掲載されているのが、「豆腐のみそ漬け」である。固く絞った豆腐をガーゼ等で包んでみそに漬け込み、冷所で数カ月熟成させたものである。みその香味が移るだけでなく、ウニやチーズのような濃厚なうま味を持つ。みその種類や熟成期間により風味は異なる。

 同系統の風味を持つのが、以前紹介した「豆腐よう」(第28回「伝統と滋養の味/豆腐よう」参照)であるが、みそ漬けでも、みそに含まれる酵素により豆腐のたんぱく質が分解されて、ペプチドやアミノ酸を生じて独特の味が形成されるのだろう。

「秘伝豆酩(とうべい)」「山うに豆腐」などの商品名で販売されているものもあるが、熊本県東南部で作られている伝統食品が有名である。熊本県の豆腐関連の伝統食品としては、「豆腐の燻製」も挙げられる。これはウニのような風味はないが、ほどよい燻煙風味が持ち味である。なお、豆腐のみそ漬けは宮城県や福島県でも作られている。

 秋田県南部には、「豆腐カステラ」という食品がある。水切りをした豆腐に砂糖、卵、塩等を混合して、四角い形状に焼き固めた菓子である。地元では、お茶うけとされる他、冠婚葬祭や正月、お盆の行事食として欠かせない存在となっている。食べた感想は甘くて固い豆腐そのもので、味も食感もカステラとはずいぶん異なる。

 これらの豆腐製品は、東京駅周辺のアンテナショップ街を回って見つけたものである。銀座熊本館では「くまモン」が愛想よく出迎えてくれた(なお、「『熊本県営業部長 くまもん』を起用したPR展開」はタニタ受賞の翌年である今年の「第5回日本マーケティング大賞地域賞」を受賞している)。

 日本各地には、全国区では知られていない豆腐製品が、まだあるのではないだろうか。リサーチを続けたい。

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About 横山勉 99 Articles
横山技術士事務所 所長 よこやま・つとむ 元ヒゲタ醤油品質保証室長。2010年、横山技術士事務所(https://yokoyama-food-enngineer.jimdosite.com/)を開設し、独立。食品技術士センター会員・元副会長(http://jafpec.com/)。休刊中の日経BP社「FoodScience」に食品技術士Yとして執筆。ブログ「食品技術士Yちょいワク『食ノート』」を執筆中(https://ameblo.jp/yk206)。