ベジタリアンという生活スタイルがある。一般に動物性食品を摂らないが、食品の選択にはいくつかのタイプがある。宗教上の理由もあるが、自身の健康だけでなく、地球環境にも好ましいという。
醤油造りのプロが書いた大豆の本。大豆は豆として調理されるだけでなく、さまざまな加工品となることで人類に栄養を供給し、豊かな食文化も花開かせてくれている大いなる豆。そんな大豆はどこから来たどんな豆なのか、そしてどんな可能性を持っているのか。大豆と半世紀付き合って来た技術士が大豆愛とともに徹底解説します。
多様なベジタリアン
ベジタリアン(Vegetarian)は日本語で「菜食主義者」と訳されることが多いが、この訳語は野菜だけを食べるような印象があり、誤解を招きやすい。また、ベジタリアンは野菜(vegetable)に由来すると考えている向きも多いが、ベジタリアンの多くは、「ベジタリアン」の語はラテン語の「vegetus」(新鮮な、活発な)に由来すると主張しており、「野菜を食べる人」のような意味ではないという。
ベジタリアンは動物性食品を摂らない人々を指す。動物性食品の避け方には、いくつかのタイプがあり、以下のように分類されることが多い。
1. ピュア・ベジタリアン(vegan、ヴィーガン)
すべての動物性製品の使用を厳密に否定するのがヴィーガニズムであり、食品においては食肉や魚介はもちろん、乳製品、卵製品、昆虫類も摂らない。食品以外でも、皮革、ウール、シルク等動物に由来する製品を利用しない。食品についてのみ動物性製品を避ける場合は、ダイエタリー・ヴィーガニズムとして区別される。
2. ラクト・ベジタリアン
動物性食品の中で、牛乳やチーズ等の乳製品を許容するベジタリアンである。ラクトは乳製品を意味する。
3. ラクトオボ・ベジタリアン
動物性食品の中で、乳製品に加え卵製品を許容する。オボは卵を意味する。欧米では、このタイプのベジタリアンが多いという。卵と卵製品だけを許容する場合、オボ・ベジタリアンという。
上記の分類以外に、動物性食品を一括して避けるのではなく、哺乳類・家禽・魚介類のうちの何かを許容するといった形のバラエティがある。
また、植物であっても、収穫等で個体の生命を損なうことや、五葷(ごくん=ネギ、ニンニク、ニラ、ラッキョウ、アサツキ)の摂取を避けるという考え方が存在する。これらに共通するものは、生命の尊重という考え方と言える。
微生物の生命に触れていないのは、これらの思想が生まれた時期に存在が知られていなかったためだろう。わが国には、微生物の生命を尊ぶ「菌塚」が京都の曼殊院(まんしゅいん)にある(※1)。「一寸の虫にも五分の魂」ならば、1μの細菌にも相応の存在意義を認めたい。
※1 菌塚:http://www11.ocn.ne.jp/~kinzuka/
ベジタリアンを選択する理由
このようなライフスタイルを選択する理由として以下が挙げられる。
1. 宗教上の理由
仏教、ヒンドゥー教、キリスト教等には、肉食を禁止または避けることを奨励する宗派がある。仏教思想から発展してきた精進料理は、一種のベジタリアン食と言える。
2. 健康増進、長寿
適切な栄養管理を行えば、ベジタリアンの方が一般に健康的で長寿という各種の報告が存在する。「長生きしたけりゃ、ベジタリアン♪」(古い!)という考えなのである。
3. 環境倫理、環境負荷低減
食肉生産は、地球環境に大きな負荷をかけている。効率よく肥育させるための濃厚飼料として大量の穀類を消費し、排せつ物を発生している。排出する二酸化炭素やメタンガス等の温室効果ガスの量も無視できない。
4. 動物倫理
畜産は虐待に当たり、搾取を避けるべきとする「動物の権利」という思想がある。同様に、動物実験にも批判があり、実験範囲の制限や代替法(培養細胞等)が行われるようになってきた。
栄養と健康
ベジタリアンは、「タンパク質が不足する」という懸念を持つ方が多いだろう。タンパク質源として、乳製品や卵製品を摂る場合、全く問題はない。不安なのは、すべての動物性食品を避けるピュア・ベジタリアンである。それでも、一定の配慮を行えば成長期の子供であっても支障はないという。
動物性食品のメリットはタンパク質含量が高いだけではない。必須アミノ酸をバランスよく含むため良質で、アミノ酸スコアは最高値100である。これに対して、トウモロコシや小麦等の穀類はタンパク質含量とアミノ酸スコアが共に低い。タンパク質源としては、栄養面で問題がある。
しかし、植物性食品でありながら他の穀類の栄養的欠点をカバーできるのが、大豆製品である。大豆は、含量・質共に動物性食品と同等と言える。なお、アミノ酸スコアに関しては、いくつかの食材を組合せることで大幅に改善させることができる(第7回「畑の肉」参照)。
ピュア・ベジタリアンが配慮すべき栄養素にVB12がある。本ビタミンの必要量は微量だが、動物性食品に含まれる。海苔等の海藻類やみそ等の大豆醗酵食品にもVB12が含まれるとされるが、不活性型で適切な供給源とは言えないなど、多くの反論がある。そのため、ピュア・ベジタリアンに対してはVB12が添加されている食材やサプリメントの活用が推奨されている(ただしVB12サプリメントの多くは動物性食品由来である)。乳・卵製品を摂る場合、配慮は不要である。
ベジタリアンでは避けるべき食材があるため、どうしても食材の多様性は低下する。多様な食材活用と栄養のバランスに配慮した食生活を行うことが重要である。それができれば、健康面のメリットは少なくない。
ベジタリアン食は、一般に動物性タンパク質・飽和脂肪酸・コレステロールが少なく、植物由来の抗酸化成分や食物繊維が多くなる。これらだけで説明できない面があるが、ベジタリアン食が肥満・心臓病・高血圧・糖尿病・ガン・認知症において低リスクであるとする報告がある。また、平均余命も長くなるとする報告など、生活習慣病の予防に効果があるとする報告がある。
ただし、骨粗しょう症に関しては、ベジタリアン食が高リスクのようである。カルシウム摂取や運動に配慮することが好ましい。
肉製品を減らす生活
このようなことから、ベジタリアン食は健康や環境等に好ましいようである。とくに、動物性食品、中でも肉製品や肉料理に片寄った食生活をしていた人ほど、その生活スタイルに関心を持つ人もいるだろう。
ただし、これらが好物という人が多く、縁を切るには大きな困難が伴う。そうであれば、食生活を可能な範囲でベジタリアンに近付けてはいかがだろうか。意識して肉製品の割合を減らす「“セミ・ベジタリアン”のすすめ」である。
動物性食品によく似た製品を、大豆を原料として作ることができる。これまでも紹介してきたが、食肉の代替品に植物性たん白がある(第19回「一石三鳥の植物性たん白」参照)。豆乳は牛乳の代用として、広く利用されている。乳酸菌を植えれば豆乳もヨーグルトになり、チーズ様の食品にも加工できる。
ただし、何もかも大豆製品といった過剰な摂取は、イソフラボン過多となるリスクがある(第9回「イソフラボンと環境ホルモン」参照)。影響を受けやすい妊婦や乳幼児は、注意すべき点だ。また、アレルギーにも配慮が必要だ。
“セミ・ベジタリアン”ならば、魚介類を利用することもできる。一般に肉製品と魚介類の割合は半々が好ましいとされる。
NPO法人日本ベジタリアン協会(※2)は、協会設立の目的として以下を掲げている。
「菜食とそれに関連した健康、栄養、倫理、生命の尊厳、動物愛護、環境保全、発展途上国の飢餓などの問題に関する啓発や奉仕、並びに学術研究の発展に資すること」
この目的のために、いくつかの活動を行っている。その一つに2009年12月にスタートした「ミート・フリー・マンデー」がある。2009年6月、地球温暖化防止のためにポール・マッカートニー氏らが英国で開始した活動に追随したものだ。月曜に限る必要はないが、週に1日くらい肉製品を摂らない日はあってよい。肉製品の消費が増加しているとは言え、これまでの日本人の食習慣から考えれば難しいことではない。健康や地球環境に好ましいと考えるのであれば、実践する価値があるだろう。
※2 NPO法人「日本ベジタリアン協会」:http://www.jpvs.org/
※このコラムは、以下の書籍を主に参考にしている。ただし、記事内容の責任は筆者にある。
・蒲原聖可「ベジタリアンの医学」平凡社新書(2005)
※編集部からのお願い:食習慣の変更はスペックや既存の研究だけで安全が確保できるとは言えない部分もあります。実践する場合には心身の変化などに十分注意し、必要に応じて専門家に意見を求めるなどをするようにしてください。