日本文化の東西差と大豆

ダイズが「畑の肉」と呼ばれるのにはわけがある
ダイズが「畑の肉」と呼ばれるのにはわけがある

 日本は小さな島国だが、地域ごとに異なる多様な文化がある。それでも、ざっくり分けると東西の文化の差異が顕著である。これは、自然風土と歴史の積み重ねによって育まれてきたと考えられる。自然風土に注目した「照葉樹林文化論」は、東西差を説明する有力な仮説である。

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日本文化の東西差

ツバキ
ツバキは照葉樹林を構成する植物である。

 日本テレビ系の「秘密のケンミンSHOW」をよく観ている。司会は売れっ子みのもんた氏と久本雅美氏の2本柱だ。久本氏の口は悪いがテンポがよく、軽妙な司会ぶりには好感が持てる。この番組では、日本各地の文化を紹介している。地域に特有の文化が存在することは興味深い。

 番組では、食材や料理がテーマになることが多い。たびたび取り上げているのが、東西文化の差異である。食に関して、牛肉と豚肉の好み、鮭と鰤の好み、正月の餅の形状、麺類のつゆの色、納豆の消費量等に関して広く知られている。食以外でも、地名の呼称(谷と沢)や方言にも、はっきりとした東西差がある。

 番組では、個々のマイナーな例に注目する。酢だこの有無やおにぎりに巻く海苔の種類、そうめんの具等である。これらについて両文化の境界になる地域を具体的に求めている。酢だこの場合、静岡県島田市が該当した。同地では酢だこを知っている人の割合がほぼ半数だったのである。これより東では知る人が増え、反対に西では知らない人が増加した。食材により境界線は異なり、三重県から静岡県の範囲に存在している。

 これら東西の差異は、地域の自然風土を基にして、歴史の積み重ねによって形成されて来たに違いないと考える。

照葉樹林文化論

 さて、カシ、クスノキ、ツバキ等の葉につやのある樹木を主体とする植物相を「照葉樹林」という。日本南西部から台湾、華南、雲南山地、ブータン、ヒマラヤ南麓に至る地域を本植物相が占めている。この地域には共通した文化要素(表)が存在し、中国雲南省を中心とする東亜半月弧を起源地とするという学説がある。

照葉樹林文化とナラ林文化の特徴(縄文時代)
照葉樹林文化 ナラ林文化
カシ・シイの利用 クリ等堅果類の生産性大
茶・絹・ウルシの利用 サケ等漁撈の生産性大
大豆醗酵食品の利用 魚油や獣脂の広範な利用
麹によるツブ酒醸造 深鉢型土器の卓越
水晒しによるアク抜き 加熱によるアク抜き
その他 その他

 そして、これらの文化伝播によって強く影響を受けたのが西日本の縄文文化だという。これを照葉樹林文化論といい、植物学者の中尾佐助氏が提唱した。

 照葉樹林文化の文化要素として、大豆の醗酵食品も挙げられている。

 その後、民族学者の佐々木高明氏らがこの文化論を発展させている。照葉樹林の北側には、東日本から朝鮮半島や中国東北部にかけて、ブナやナラ等を主体とした落葉広葉樹の植物相が広がっている。ここにも共通した「ナラ林文化」が存在し、大陸からの影響を受けながら東日本の縄文文化が形成されたという。この地域差を基盤として現在に至る日本文化の東西差が形成されたという(※1)。

 ナラ林文化では、クリ等の堅果類の利用やサケ・マスの漁獲があり、食物の生産性はナラ林文化が大きく勝っていた。そのため、縄文時代(中期)は東北を中心とする東日本に人口の8割が集中した。

 弥生時代になり、水田によるイネ栽培地域が北上するが、東西の境界地域で永らく停滞した。これは文化の相違とナラ林の豊かな生産性によると考えられる。

 照葉樹林文化論には批判もあるが、筆者はおおむね支持する立場である。本連載第5回「縄文時代に栽培されていたダイズ」で、縄文時代の後・晩期(4000~2300年前)の九州地方に、イネ(陸稲)、オオムギ、ソバ等と共に栽培ダイズの伝播が考えられていることを紹介した。照葉樹林文化論と矛盾しない事実である。それでも、すべての文化要素が起源地に由来するというのは無理がある。日本に自生しない作物は明らかに伝わってきたものであるが、これ以外は個々に検討する必要がある。同様な生活環境であれば、複数の起源があってもおかしくない。また、周辺地域の発明が中央へ向かって進むことがあってもよい。

納豆トライアングル

 中尾氏は納豆伝播に関するある可能性も唱えている。日本、インドネシア、ネパールを結ぶトライアングル(三角形)の範囲に大豆無塩醗酵食品(納豆、テンペ、キネマ等)が分布する。この中心の雲南省周域を起源と考える「納豆トライアングル仮説」を提唱したのだ。この説はけっこう人気があり、多くの書籍やサイトで取り上げられている。

 一方、納豆の起源には、複数地域における多元説も存在する。どちらも確実な根拠を示すことはできないが、多元説の方に分があると考えている。日本の納豆は東日本の文化であり、同じく納豆が存在する韓国と共にナラ林文化地域である。インドネシアは熱帯・亜熱帯林帯である。照葉樹林文化の要素として納豆をとり上げるのはおかしい。

 横山智氏(名古屋大学大学院環境学研究科教授)は東南アジア大陸部の地理学が専門である。本地域には、中国雲南省の豆チ(チは豆偏に支)、ネパールやブータンのキネマ、タイとラオスのトゥア・ナオという納豆関連食品が存在する。これらの関係を調べ、キネマは豆チとトゥア・ナオ双方から影響を受けていると述べている。また、ラオスへは中国とタイ両方からの伝播を推測している(※2)。

 この地域の納豆関連食品は互いに影響を受けながら現在に至っていることは間違いなさそうである。ただし、これらと日本の納豆やインドネシアのテンペとの関係を論じることは難しいと考えている。

※1:佐々木高明:日本文化の基層を探る、NHKブックス(1993)

※2:横山智:ラオスの無塩醗酵大豆食品の伝播に関する文化地理学的考察、http://geog.lit.nagoya-u.ac.jp/yokoyama/papers/jinbunchiri_2008p.pdf(2008)

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About 横山勉 99 Articles
横山技術士事務所 所長 よこやま・つとむ 元ヒゲタ醤油品質保証室長。2010年、横山技術士事務所(https://yokoyama-food-enngineer.jimdosite.com/)を開設し、独立。食品技術士センター会員・元副会長(http://jafpec.com/)。休刊中の日経BP社「FoodScience」に食品技術士Yとして執筆。ブログ「食品技術士Yちょいワク『食ノート』」を執筆中(https://ameblo.jp/yk206)。