もやしの実力

石焼ビビンバ
韓国料理の石焼ビビンバに、大豆もやしは欠かせない食材である

豆類や麦類等の種子を水に漬けて発芽させたものがもやしである。発芽させる意味の「萌やす」に由来し、漢字では「豆萌」と書く。英語にsproutがあり、最近スーパーの野菜売場等でも「スプラウト」の表示がある商品を見かけるが、各種の事典に当たるともやしとsproutが指すものに違いはないようだ。しかし、筆者は緑色でないものをもやし、緑色のものをスプラウトと区別したいと考えている。ポピュラーなスプラウトである「かいわれ大根」は美しい緑色だが、これをもやしと呼ぶには違和感がある。

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醤油造りのプロが書いた大豆の本。大豆は豆として調理されるだけでなく、さまざまな加工品となることで人類に栄養を供給し、豊かな食文化も花開かせてくれている大いなる豆。そんな大豆はどこから来たどんな豆なのか、そしてどんな可能性を持っているのか。大豆と半世紀付き合って来た技術士が大豆愛とともに徹底解説します。

横山勉「大豆変身物語」(香雪社)

もやしの作り方

 もやしの作り方の概要を説明しよう。豆類等の種子を洗浄して50℃程度の温水に数時間浸漬する。排水後、28℃程度の暗所で湿度と通気を調節しながら1週間管理する。最近は温度や湿度の制御にコンピュータを採用する製造者が増えている。出来たもやしの表面水分と種子の殻を除去し、袋詰めして製品とする。包装工程も自動化されている工場が多い。

 種子1kgが7~9kgのもやしになる。工業的・計画的に作ることが可能なため、年間を通じて安定して供給できる野菜である。1パック250g程度が30~50円と安価なのもうれしい。他の野菜の端境期にはとくに重宝する。

 なお、麹菌の種麹も同じく「もやし」と呼ばれる。麹菌の胞子が伸びる様子が、植物の芽生えと似ていることから付けられたという。人気マンガ「もやしもん」の主人公は、種麹製造者の子孫である。なお、本呼称は日本酒造りで用いられ、みそ・しょうゆでは一般に使われていない。

もやしの栄養

 種子の発芽に伴い、栄養成分は大きく変化する。脂質や炭水化物は分解され、組織作りに利用される。タンパク質も分解され、必要な各種酵素に再合成される。ビール原料の麦芽はこれを利用したものである。発芽の過程で、遊離アミノ酸が大幅に増加するが、ダイズではアスパラギン酸が3割を占める(「アスパラでやり抜こうっ!」という弘田三枝子氏のCMソングがあったなぁ)。

 何と言っても大きな変化はビタミン類である。注目したいのが、急増するビタミンCで、ヒトに必須の栄養成分だ。不足すると壊血病になり、体内各所で出血性の障害が起きる。食品成分表(五訂)によると、もやし中に5~11mg/100gとある。他の野菜に比べ特別に高い値ではないが、重要である。

 15~17世紀の大航海時代、壊血病は船乗りたちに恐れられた病気だった。原因が明らかになったのは20世紀になってからのことだ。もやしで防ぐことができれば、どれほど喜ばれたことだろう。同じ船だが、第二次世界大戦中の潜水艦では、ビタミンC供給源として重宝されたという。

大豆もやしの存在感

 もやしは平安時代(794~1192年頃)や南北朝時代(1336~1392年)に作られていたという記録がある。しかし普及するのは大正時代(1912~1926年)になってからで、中華料理に用いられたという。必要性が認識され量産されるようになったのは、第二次世界大戦時である。

 2009年のもやしメーカーは全国で約150社、生産量は446,000トンで増加傾向である。

 衛生面に配慮して作られているが、相当数の微生物が存在することがある。従って、加熱調理が基本になる。ただし、加熱しすぎると持ち味の「シャキシャキ感」がなくなるので注意したい。日持ちしないので、要冷蔵で速やかな消費を心がけたい。消費期限の表示は必要ないが、書いてある場合は尊重すべきだ。不快な匂いがあったり、水が分離している場合は食べない方がよい。迷ったら廃棄したい。

 一般的な原料種子は、緑豆、ブラックマッペ(アズキの仲間)、ダイズである。緑豆もやしは関東で多く消費され、やや細めのブラックマッペもやしは関西で好まれる。いずれも、野菜炒め、鍋、みそラーメン等に使用されることが多い。中華料理や韓国料理に欠かせないのが、やや高価だが大豆もやしである。生産量はもやし全体の1割程度のようだが、頭が大きく茎が太くて存在感がある。石焼ビビンバのもやしは大豆もやしに限る、というのは筆者だけの意見ではないだろう。

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About 横山勉 99 Articles
横山技術士事務所 所長 よこやま・つとむ 元ヒゲタ醤油品質保証室長。2010年、横山技術士事務所(https://yokoyama-food-enngineer.jimdosite.com/)を開設し、独立。食品技術士センター会員・元副会長(http://jafpec.com/)。休刊中の日経BP社「FoodScience」に食品技術士Yとして執筆。ブログ「食品技術士Yちょいワク『食ノート』」を執筆中(https://ameblo.jp/yk206)。