今年は穀物の市場価格が高騰している。米国やロシアの干ばつが原因である。中でも、大豆はその幅が大きく、最高値を更新中だ。大豆を原料とする植物油や、飼料となる乳製品への影響は大である。これらの値上げが始まっている。電気やガスの値上げも重なり、市民の生活は大変である。
醤油造りのプロが書いた大豆の本。大豆は豆として調理されるだけでなく、さまざまな加工品となることで人類に栄養を供給し、豊かな食文化も花開かせてくれている大いなる豆。そんな大豆はどこから来たどんな豆なのか、そしてどんな可能性を持っているのか。大豆と半世紀付き合って来た技術士が大豆愛とともに徹底解説します。
穀物価格のパラダイムシフト
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」と言う。それでも、2008年に穀物価格が高騰したことは、多くの方が覚えているだろう。あのときは多くの食品が繰り返し値上げされ、とくに小麦製品で顕著だった。
これからの食生活はどうなるのかとオロオロしたものである。さらに、アラブ諸国ではそれでは済まずに国民が暴動を起こしたのだった。それは、2010年の「アラブの春」の序章でもあったのだろう。
その後、穀物価格はやや低下して落ち着きを取り戻した。しかし、高止まりのままであり、以前の水準まで戻ることはなかった。
従来の考え方では、穀物価格は高騰してもすぐに戻るとされていた。高値に対応して作付け面積が拡大し、供給が増えるためである。ところが、2008年以降は、状況が異なる。世界の人口増加に加え、途上国の経済発展に伴う食肉需要やバイオ燃料等の需要が継続して増大しているためだと考えられている。また、だぶついている投機マネーの流入も指摘されている。
資源・食糧研究所代表の柴田明夫氏は、「パラダイムシフトが起きたのであり、価格が以前の状態に戻ることはない」と主張されている(柴田明夫「飢餓国家ニッポン」角川SSC新書/2008年)。筆者もこの考え方を支持する。
穀物の国際市場の特徴
国際市場で三大穀物といえば、小麦、とうもろこし、米になる。いずれもイネ科の作物である。マメ科のダイズは「油糧種子」として扱われ、分類が異なる。ただし、植物油とたんぱく質の生産という、三大穀物に劣らない重要性がある。これら4種類の生産と輸出の上位国を表に示す。
生産量 | 683,407千t | 貿易率* | 21% |
1位(生産順位) | EU(27) | 1位(輸出順位) | 米国 |
2位 | 中国 | 2位 | EU(27) |
3位 | インド | 3位 | カナダ |
生産量 | 826,224千t | 貿易率 | 10% |
1位(生産順位) | 米国 | 1位(輸出順位) | 米国 |
2位 | 中国 | 2位 | アルゼンチン |
3位 | EU(27) | 3位 | ブラジル |
生産量 | 685,874千t | 貿易率 | 6% |
1位(生産順位) | 中国 | 1位(輸出順位) | タイ |
2位 | インド | 2位 | ベトナム |
3位 | インドネシア | 3位 | パキスタン |
生産量 | 220,581千t | 貿易率 | 36% |
1位(生産順位) | 米国 | 1位(輸出順位) | 米国 |
2位 | ブラジル | 2位 | ブラジル |
3位 | アルゼンチン | 3位 | アルゼンチン |
農林水産省「平成22年度食料・農業・農村白書」(2010)*貿易率=輸出量/生産量
生産と輸出の順位は、大豆では一致しているが、三大穀物ではすべて異なっている。注目いただきたいのは、生産量に占める輸出量の割合=貿易率である。いずれを見ても、大量に生産していても輸出として国際市場に回る量はわずかであることがわかる。大豆は36%と比較的高いが、トウモロコシで10%、コメに至っては6%に過ぎない。不作になれば、貿易率は一気に下落することも理解できるだろう。また、この状態では、普段輸入していない国が大量に輸入すれば、市場に与える影響は大きい。1993年の冷夏による日本のコメ騒動は忘れてはならない出来事である。
中国という存在
さて、中国の人口は世界全体の約2割を占める。そして、経済力の上昇に伴い、近年は日本と同様に油脂と食肉の消費が増大している。世界全体の食料消費量に占める中国の割合は、穀物や鶏肉では人口比と同様にほぼ2割である。ところが、豚肉や野菜では、約5割にも達する。そして油と豚肉生産に重要なのが、大豆である。中国は1995年頃から大豆輸入を開始し、現在は国際市場の5割超を占めるに至っている。今後、さらに割合が増加すると予測されている。
中国の経済発展は著しいが、格差拡大や役人の不正等により民衆の不満は高まっているという。これが、中国で昨今頻繁に発生している反日を掲げる暴動の背景にあると見ているが、食料とエネルギーの供給が不安定になった場合、民衆の不満を抑えることは困難になるだろう。
日本の備え
日本の食料自給率(カロリーベース)は40%前後と先進国中最低水準で推移している。食糧安全保障の観点から、これは向上させなくてはならない。農林水産省は、2020年に50%まで高めることを目標に掲げている。米粉用や飼料用米の作付け拡大等さまざまな取組みを行っているので、効果を期待したい。
産業としての農業の強化も避けては通れない課題だ。耕作放棄地を減少させ、大規模化を推進する必要がある。TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)をそのきっかけにすべきと考えている。
日本の大豆輸入先は米国が約7割で、残りの大半をブラジルとカナダで分け合っている。価格の問題があったとしても、少数の国に偏り過ぎているのではないだろうか。輸入先を多様化させる必要があると考える。とくに輸出大国であるアルゼンチンとは普段から取引をしておきたいものである。緊急時にすり寄っても、それまでつき合いのない国を相手にしてくれるはずがない。
9月に開催されたAPEC(アジア太平洋経済協力)の閣僚会議では、食料の安全保障強化について「加盟国・地域が食料の輸出規制を回避する」ことで一致した。しかし、あてにはできない。収穫が落ち込んだ場合、自国を優先するのは当然のことだからである。
たとえば1973年、アメリカのニクソン大統領は大豆輸出を禁止した。日本人の食生活に欠かせない大豆だけに大騒動になったのである。食料不足や価格高騰が起きても、日本で暴動が起きるとは思えない。それでも、食料安全保障は「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」くらいの慎重さで備えなければならないと考えている。