ダイズのご先祖(原種)はツルマメと考えられている。ツルマメはミニサイズのダイズに見え、茎はつる状である。日本はもちろん、東アジアから東シベリアにかけて広く分布する。これらのどこかで、栽培化(ダイズ化)されたに違いない。
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栽培作物の起源地
1930年代、植物学者ニコライ・ヴァヴィロフ氏はソビエト科学アカデミー遺伝学研究所所長を務めていた。早くから、栽培植物の遺伝資源の重要性を認識し、世界各地から種子を収集した。また、栽培作物の起源については、原種の遺伝的多様性が高い地域が発祥地であろうと考察した。
ヴァヴィロフ氏の考えを引き継いだのが、米国の植物遺伝学者ジャック・ハーラン氏である。ただし彼は、農耕の起源や栽培植物の考古学的証拠も合せて検討する必要性を説いた。この考えに基づき、さまざまな栽培植物の起源地を推測している。その中で、ダイズの起源地として中国を挙げている。
ダイズの原種と考えられるのが、ツルマメである。ノマメとも呼ばれる。日本では九州から北海道まで全国的に認められ、中国・韓国等の東アジア、およびシベリア東部に分布する。河川敷や開けた野原等の自然環境がある程度攪乱された環境を好む。名前の通りつる性の1年生草本で、他の植物に巻きついて生育する。つるは長くなると4mにも達するという。葉、サヤ、種子の形状はダイズによく似ているが、サイズはとても小さい(写真参照)。ツルマメとダイズは自家受粉するが、一部は虫媒により他家受粉する。ツルマメとダイズ間の遺伝的障壁はほとんどなく、基本的に交雑可能である。
ダイズ起源へのアプローチ
ハーランの中国起源説は妥当な推測である。中国の文献や考古学的証拠からも、4000年ほど前には栽培が始まっていたらしい。しかし、一口に中国と言っても範囲は広い。ツルマメとダイズの遺伝子の比較によって起源地を特定できないか。ダイズ化に至ったツルマメの系統が分布している地域こそ起源地に違いない。
系統の研究初期に用いられたのが、トリプシン・インヒビター(※)や酵素タンパク質(アイソザイム)の電気泳動移動度の差異である。直接的ではないが、表面に現れた遺伝子型を比較できる。
続いて、核遺伝子やDNA配列の活用が進められた。さらに、ミトコンドリアや葉緑体のDNA配列の差異も研究されている。これらは核遺伝子と異なり、母系遺伝することが特徴である。
研究結果が積み重ねられてきたが、どのように解釈するかが難しい。と言うのは、ツルマメとダイズ間には、少なくない遺伝子の行き来が存在するからである。両者が隣接する複数地域において、中間型(種子サイズ等)の自生が確認されている。また、ダイズの品種改良に、多様な特徴を持ったツルマメが積極的に活用されてきたという事実もある。
ダイズの起源地
具体的なデータを示すことは控えるが、いくつかのことが明らかになってきた。
(1)ダイズの遺伝的多様性は、ツルマメに比べ低い。
(2)ダイズのミトコンドリアや葉緑体では、地域特有のツルマメと共通するタイプが複数認められる。
(3)ダイズを核の遺伝的差異でクラスター分析すると、中国と日本に別れる。朝鮮半島産は日本に似るが、中国に属するものもある。
(1)の「ダイズの遺伝的多様性が低い」のは当然である。ただし、比較した場合の話であり、ダイズは豊かな多様性を備えている。(2)(3)の事実も合わせると、ダイズの由来は一つではなく、複数あると考えるのが自然である。起源地候補として、中国の東北地方、長江流域、長江流域以南がある。日本も候補地として挙げることができる。
本連載第5回「縄文時代に栽培されていたダイズ」では、縄文後・晩期(4000~2300年前)におけるダイズ栽培を紹介した。粒が大きくダイズと言える圧痕が残る縄文土器の時期は、年々遡っている。草創期(約15,000~12,000年前)におけるツルマメの利用も発見されている。
わが国において、多様なダイズ品種が作成されてきたことは間違いない。それだけでなく、ツルマメからの栽培化も行われていたと信じている。
※ トリプシン・インヒビター:タンパク質の一種。タンパク質分解酵素のトリプシンの作用を阻害する。