油揚げの形は、ユニークな袋状である。そのまま食べてもよいが、さまざまな食材を包み込むバツグンの包容力を有している。この食材こそが、新世紀になっても“おふくろの味”と言えるのではないだろうか。
醤油造りのプロが書いた大豆の本。大豆は豆として調理されるだけでなく、さまざまな加工品となることで人類に栄養を供給し、豊かな食文化も花開かせてくれている大いなる豆。そんな大豆はどこから来たどんな豆なのか、そしてどんな可能性を持っているのか。大豆と半世紀付き合って来た技術士が大豆愛とともに徹底解説します。
おふくろの味あれこれ
おふくろ(母親)の味が、レトルト食品や冷凍食品になったと言われて久しい。それでもアンケートを取れば、昔ながらの料理がピックアップされており、ホッとする。「gooランキング」の「いくつになっても懐かしい 好きなおふくろの味ランキング」(http://ranking.goo.ne.jp/ranking/013/homemade_dish/)では、上位に(1) 肉ジャガ、(2)味噌汁、(3) 炊き込みごはん、(4)きんぴらごぼう、とある。「おふくろの味BEST10」というWebサイト(http://ofukuro10.com/)では、同様な料理の他に、サバの味噌煮、切り干し大根、卵焼き、唐揚げなどが認められる。
上記のランクには入っていないが、文字通りの“おふくろの味”と言えるのが、油揚げ料理ではないだろうか。油揚げこそ“袋”として使用できる優れた食材である。
巾着(きんちゃく)と言えば大切なお金や薬を入れてひもで口を締める小袋を指す。油揚げに食材を詰めて、干ぴょう等で口を縛った料理をやはり巾着という。中に詰める食材は、餅、卵、野菜、凍り豆腐とさまざまだ。と言うより、何でも包み込める豊かな包容力を誇る袋なのである。
いなりずしも油揚げの袋の特徴を生かした料理である。今日、これは忙しい人にも簡単に作れるようになっている。準備するのは市販の五目ずしのたねと味付け油揚げ。前者をご飯に混ぜ、後者に詰めるだけのお手軽料理。わが家でも時々作るが、甘辛さがちょうどよく、つい食べ過ぎてしまう。
油揚げの製造法と変わり種
油揚げの製造法を説明しよう。まず、固めの豆腐をスライスして圧搾、脱水する。これを低温の油(110~120℃)で揚げて膨張させる。続いて、高温の油(180~200℃)を用いてカラッと二度揚するのが要点である。揚げ油には菜種油を用いることが多い。三度揚げすることもあるという。
厚いスライスを使用すれば厚揚げになる。また、木綿豆腐を崩して水切りし、すりおろしたヤマイモ、刻んだニンジン、ゴボウ、ゴマ、海藻などを混ぜて揚げれば、がんもどき(雁擬き。関西では飛竜頭=ヒリョウズ、ヒロウス)になる。どこが雁の肉に似ているかわからないが、おでんや煮物では欠かせない存在感を示す。
江戸時代初期の書物「本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)」には、現在とほとんど変わらない油揚げの製造法が記されている。ただし、製造が全国に広がるにつれ、変わった形状も生じている。宮城県定義山(じょうぎさん)西方寺では、シャレのような三角形の通称「三角定規揚げ」、新潟県の栃尾(現在は長岡市内)一帯では、通常の3倍の大きさがある「あぶらげ」が作られ、名物になっている。
キツネかタヌキか
甘辛く煮た油揚げが熱いそばの上にあれば「きつねそば」である。揚げ玉が載れば「たぬきそば」になる――というのは、関東の常識。大阪なら、油揚げがうどんに載って「きつね」、同じく油揚げがそばに載って「たぬき」になる。名古屋では「しのだうどん」、その他の地方では「稲荷うどん」と呼ぶことが多いようだ。
東アジアでは、多少形状が違っても油揚げを入手できそうだ。しかし、欧米では困難な様子である。日本国内であれば手に入らないということはないが、地域により呼称が違うのは興味深く、転勤した方は戸惑うに違いない。
ともあれ、煮てよし、さまざまな食材を包み込んでよし、そのままみそ汁に入れるもよしの油揚げである。日々の生活に大切な食材であることを再認識したい。