これまでに書いてきたとおり、日本に来てから日式の中華料理に触れて、「これは不思議だ」とか「なぜこうなった?」と感じることは多い。だが、実に料理だけではなく、食事の作法や食べるスタイルについても理解できない、納得できないと感じることは多い。
たとえば、私は麺類を食べるときに音を立ててすすることが受け入れられない。その一方、来日した中国人が歩きながらものを食べる様子などは日本では不評のようで、メディアでも報道されている。このように、国の違い、文化の違いで衝突が起きやすい部分でもある。
さて、日中ではどのような食事作法の違いがあるか、そして、お互いにそれらをどう理解すればよいだろうか。数回に分けてお届けしたい。まずは、そのラーメンの食べ方から。
逃げ出したくなる「ズルズルッ!」
麺を勢いよくズルズルと音を立ててすする。日本ではそれが普通だし、むしろラーメンを食べる流儀とさえみなされているようだ。しかし、正直言って、長く日本で生活している私にも、これは今でも受け入れられない食べ方だ。
私自身ラーメンが好きなのだが、ラーメン店では周りに大きな音を立てて食べている人がいると、どうしても我慢できなくて、店から飛び出したくなる。そして可能ならばすぐに席を移動する。もし、その人から離れているところに空いている席がなければ、さっさと席を立って勘定して店を後にすることもある。幸い、そこまで音を立てる人は多くはないので、こんなことは少ないのではあるが。それでも、ラーメン店に入ると、そんな人がいたらどうしようと、神経質にアンテナを立て、音に敏感になる。
中国から伝来して日本で進化したラーメンとは言え、日本の食文化の影響でその食べ方は本場と違った形で発達していた。日本の人にとっては、そうしたすする食べ方がおいしい味わい方であり、豪快にラーメンを食べる楽しさでもあるのだと、頭では理解している。それでも、身についた私の習慣と感覚にはなじまないことで、なかなか受け入れられないのだ。
私の場合、食事の際には、どんな料理も音を出さずに食べることというのは、小さいときから両親にしつけられてきた食事の基本的なマナーだった。口元で音を立てるとすぐ両親に叱られ、今でも食事のマナーの基本として強く意識している。また、出身地の西安では麺料理もポピュラーなのだが、私たちは麺を食べるときも、いつも気をつけて音をたてないようにしている。だから、日本で、店などでもラーメンの音が耳に飛び込んでくるのにはなかなか慣れないのだ。
世界でも有名な日本の「ズルズルッ!」
今や世界的に有名で人気もある日本のラーメンだが、日本ではラーメンを音を立てて食べるということも、世界的に有名なことだ。しかし、おいしいラーメンを求める各国の人々も、日本人の音を立てる食べ方まではまねしていないようだ。中国で数百店舗を持つ「味千ラーメン」には私も何度も行っているし、米国のラーメン店でも食べたことがあるが、いずれでも、わざわざ音を立てて食べる人は見かけなかった。
日本のラーメンの歴史に詳しいイギリスの歴史学者バラク・クシュナーのラーメンに関する著書のメインタイトルは、ただ一つの単語「Slurp!」(Slurp=音を立てて飲食物を食べる)だ。
ちなみに、この本の日本語版のタイトルは、「ラーメンの歴史学」となっている。原題のほうがラーメンの特徴を現しているのに対して、この日本語のタイトルは当たり前すぎて面白みがないのではないかと感じている。
バラク・クシュナー氏はこの本の中で、熱々のラーメンを速く食べて味わう人がいるのとは対照的に、ゆっくり食べて味わう人もいるとした上で、そのどちらの流派でも、音を立てて食べるのだと書いている。
熱々すぎるのは大丈夫?
さて、ラーメンの食べ方については、音だけではなく、ほかにもいくつか気になるところがある。
出来上がったラーメンをすぐに食べるのもラーメン通の食べ方のようだ。もちろん、ラーメンが冷めて延びないうちに食べるのはおいしいが、熱々のままでは口の中や食道に優しくない。そして、ハイスピードで一気に食べることは消化にもよくない。
それから、スープを残すこともよく見られることだ。食べ残しは個人の自由だし、とくに油ぽい、塩分が高いスープを敬遠することは理解できる。だが、日本人の食べ方として、ラーメン以外の料理では食べ残しはほとんど見かけないから、やはり不思議なことに見える。
ラーメン職人が手間と時間をかけて作ったスープはラーメンの精髄であって、栄養も凝縮されている。大切にしたい。たとえば、スープの塩分をもうちょっと少なめにして飲めやすくするなど、スープを残さずに済むラーメンが考えられないだろうか。
レンゲの使い方はすばらしい
さて、私は日本人のラーメンの食べ方に文句を言うだけではない。感心することもある。その一つはレンゲの使い方だ。いつからかわからないが、ラーメンをいったんレンゲに乗せて、それを口に運んで食べる人が増えてきた。この食べ方は、麺が少し冷まされて食べやすくなる。それに汁が飛び散らず、服が汚れない。何より、口までの距離が短くなるので、音を立てたくても音を出す時間は短くなる。一石三鳥だ。
思い出してみると、日本人はスパゲティを巻くときにもスプーンをあてがうやり方をする。イタリア人はこれを見て「子供みたい」と感じるようで、一般的ではないらしい。レンゲに麺を乗せる食べ方も中国にはない。だがどうだろう、いずれも実に実用的な賢い食べ方ではないか。レンゲとお箸で麺を食べるのは、一つの発明だと思う。
レンゲについては、私はさらに驚いたことがある。レンゲの裏側に滑り止めの切り欠きを入れたものを見つけたときだ。これだと、スープに沈んだレンゲを取り出すようなことがなくて済むし、そうならないようにレンゲをテーブルに置いてテーブルを汚したり、またそれを口に運ぶ不衛生さも避けられる。これも、日本のラーメン文化から生まれた発明品だろう。
さて、先のバラク・クシュナー氏はさすが歴史学者で、本のタイトルを「Slurp!」とはしたが、その食べ方の好き嫌い、善し悪しの評価はしていない。翻って、料理愛好者の筆者には、ここで素直に好き嫌いを述べたことを許していただきたいが、今回のしめくくりとしては、評価抜きの客観的なことを述べておきたい――ラーメンのおいしさ、ズルズルとすする音、便利なレンゲ。私の見るところ、これらは日本のラーメンの三大特徴である。
【編集部・齋藤訓之より】
徐さん、ラーメンの食べ方についての素直なお気持ちと考察をありがとうございます。
食事をするときに音を立てること、とくに口を開いたまま咀嚼して「ぴちゃぴちゃ」という音を立てて食べる音は私も苦手で、食堂にそういう人がいると私も逃げだしたくなります。でも、そういう私も麺をすする音はまったく平気だというのは、全く不思議なことですね。
こういうことについては、徐さんが述べていらっしゃるように、親から教わったこと、育った周囲の環境の影響は大きいと思います。私も口を開けて音を立てて食べたり、それから食器同士を当てて音を出すなどもよく叱られた覚えがあります。ただし、麺類は親子そろって「ズルズルッ!」と食べていました。
思うに、日本でも大昔には麺類も音を立てないのが標準だったのではないかと思います。たとえば太いうどんはむしろすすりにくいものです。また、山形県では割り箸ほどの太さに打ったそばを食べますが、これをすすって食べようとしたら、地元のおばあさんから「すすらずにもぐもぐ食べなさい」と注意されました。
おそらくは、江戸で細いそば(江戸切り)が流行って、それの食べ方としてすする作法が始まったのではないかと、私は今のところ推測しています。せっかちな江戸っ子が急いで食べるのにすすり始めたのではないか。かけそばも熱いうちにさっさと食べて仕事なり遊びなりに早く行きたかったのではないか。その延長に日式ラーメン(中華そば)もあるのだと思います。
以前本に書いたことですが、あるときスパゲティを箸で食べてみました。あれを箸で取るとどうしてもすする食べ方になってしまいます。それで意外だったのは、その食べ方はおいしくないなと感じたことです。
そこで試しに、後日、細いそばをすすらずに食べてみました。今度はそれもおいしくないと感じました。
それで気づいたのは、細いそばは空気といっしょに口に入れることで独特の軽い食感とのどごしのよさが生まれること、一方、スパゲティは丸めて口に入れることで歯ごたえとむちっとした食感が楽しめること、その二つでした。
きっと、食べ物は食べ方に合わせたものに改良されていき、またその改良された食べ物に合った食べ方に変わっていき、という、「歌は世につれ世は歌につれ」という流れが生まれるのだと思います。
ですから、いつか私が西安を訪ねたときには、ご当地の麺を音を立てずに楽しみたいなと思っています。
《つづく》