飲み物は、真っ直ぐ、船で

ボジョレー・ヌーヴォーが気になる人が増える季節だけれど、私はビールが好きなのでビールの話から。サッポロビール園には自慢がある。「サッポロビール園のビールがうまいのは、ビール工場からビア樽を転がして来て、すぐその場で飲むから。しかも、その時、ビア樽は一度もコーナーを曲がることなく、まっすぐ転がして来たまんまで飲めるのが、うまさの秘密」だそうだ。

 この話、知人が店の人から教わったという又聞きだけれども、昔はそういう能書きを聞きながら、ありがたくビールを楽しんだとのこと。

 ビールは曲がらないとうまいのか?

 ワインについて。菊屋大久保酒店(東京・小金井)の大久保順朗氏からの受け売りだけれども、こんな話がある。

 かつてパリでは、ブルゴーニュなどのワイン産地に比べて、ボルドーの評価は非常に低かったのだとか。ところが、海を渡ったロンドンでは、ボルドーの評価は以前から高かったという。

 英国人が味盲だからそうなのか?

 否。大久保氏の見方はこうだ。

 ブルゴーニュ産ワインは、河川づたいに船でパリに運ぶことができる。ところがボルドー産ワインをパリに持ち込むには陸路が長くなる。

 一方、英国に対しては、ボルドー産は河川から海へ、船だけで運ぶことができる。

 陸路運ぶワインは、馬車でガタガタと揺すられ、強い振動が加わる。船にはそれがない。そのように振動がないように運べば、ワインの味が落ちないと考えられる、というのだ。

 江戸時代、灘の酒がもてはやされたのも、同じ理由によるのではないかと、大久保氏。

 司馬遼太郎の「菜の花の沖」には、当時の灘の酒の商品としての華やかさが描かれている。そもそも、「えぇっ! そんな!」というような方法で、濁りのない清酒を作る方法が発明されたのも、灘のある酒蔵でのことだったとも。その清酒発祥の地としての先駆者利益と、上方からの「下りもの」であることなども、灘がもてはやされた理由の一つと思う。

 しかし大久保氏によれば、もっと決定的なことは、灘の酒が海路江戸へ運ばれたことだという。

 当時、上方の酒の産地は、灘以外にもあった。また江戸の周辺、たとえば多摩などにも地域で力のある酒蔵は少なからずあった。

 ただしこれら灘以外の酒蔵から、回船の着く港へあるいは直接江戸市中へ酒を運ぶには、何里にも渡って陸路を運ばざるを得なかった。対して灘ならば、酒蔵の目と鼻の先で船積みし、江戸まで船で運べる。そこで、決定的な品質(味)の差が出てしまったのだろうというのだ。

 ビール園のビールも、角を曲がると余計な振動が加わるということか。

 ちなみに、私の月刊食堂時代の同僚でジャーナリストの川島路人氏は、これについて九州の焼酎の蔵元で聞いた話を教えてくれた。灘の酒がうまかったのは、海路運んで「揺れなかったから」ではなく、「船での揺れ具合が酒にうまく作用したから」ではないか、そういう説明だったという。

 液体と振動の妙。これは酒だけの話ではない、らしい。

 うどん店「味の民芸」の明星外食事業(東京都武蔵野市)の方に以前聞いた話。「味の民芸」のだしは、店で仕込むという。理由は、「工場で汁を仕込んで、それをトラックで店に運ぶとまずくなる」から。同じ時間に作ったつゆも、陸路振動を与えたものは、そうでないものと比べて格段に味が落ちると言う。理屈はともかく現実にそうなので(もちろん輸送コストも軽減できるわけだが)、だしはすべて店で仕込むとのことだった。

「ほかの麺類の店でも常識だと思いますが」とのこと(そうではないラーメン・チェーンを最低一つは知っているけれど)。

 飲み物とスープは振動に注意という話。

※このコラムは個人ブログで公開していたものです。

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About 齋藤訓之 398 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所特任研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →