淄博(シ博/しはく/zībó)市は中国東部の山東省の都市である。山東半島の付け根から内陸に入った位置で、交通の要衝となっている。ここで、2022年末頃からバーベキューが大ブームになっている。筆者は先月現地で実際に体験し、関係者のマーケティングの見事さにも感心したので、その実際の様子をお伝えしたい。
クレープで包んで食べる串焼き
夕方、16時を過ぎると、バーベキューを提供する店に人々が集まってくる。早い時間には大学生が多いと感じるが、時間が経つにつれて、会社の同僚同士、友人同士、そして家族やカップルなど、社会人が目立つようになる。
そうした時間になると、建物の中はすでに満席だ。店内に入りきらないお客のために、店外にテントを張った席を設けている。店外席は低いテーブルと折りたたみ式の椅子である。そうした店の一つを筆者が訪れたのは17時過ぎだったが、案内されたのはテントからさえはみ出すくらいの席だった。大繁盛である。
食材はきわめて多様で、すべて串に刺さっている。羊肉や豚肉と思しきもの、エビや貝などのシーフード、野菜、そしてパンやハンバーグまである。各テーブルにはコンロが置かれ、炭が真っ赤に燃えている。これで、串刺しの食材を焼いて食べるわけだ。
食事を始める前に、調味料などを取って来ておく。店内のサービスステーションには、たれ、ゴマ、コショウ、トウガラシなどの調味料が用意されている。小麦粉を焼いたクレープ状の皮=煎餅(簡体字:煎饼。ジィェンビン/jiānbǐng)も忘れてはいけない。
模範的な食べ方はこうだ。まず、円形の煎饼を4つ折りにして、山折りの折り目にたれを付け、それに好みの調味料をくっつける。これを開くと、線状にたれが付いた状態になる。そのたれの線に合わせるように焼けたバーベキューとねぎを乗せ、今度はたれ部分が谷折りになるように煎饼をたたんで食材を包み、串を引き抜くのだ。
焼ける様子を五感で感じながら、自分でうまそうに焼き、自分好みの味付けで包んだバーベキューである。その期待感が高まった状態で、ほおばる。そして、ビールで流し込むのである。
山東半島と言えば青島(チンタオ)である。だからもちろん、飲み物は青島ビールである(青島ビールについては連載16回で紹介した)。筆者はサーバーからピッチャーに注いで提供される濁ったタイプが好きであるが、瓶入りの透明なタイプを好む人もいる。ここではどちらも楽しめるのがありがたい。また、ワインなどビール以外の酒が飲みたい人は持ち込みも許される。もちろん、コーラをはじめとしたソフトドリンクもある。
座っている間はこの繰り返しである。食べて楽しむことも大事だが、楽しみ続けるには、もちろん次の食材をコンロにかけることを忘れてはいけない。そして、いっしょにいる仲間とバカ話を継続することも。なお、当地ではコロナ禍は収まっている認識であり、従業員はマスクをしている。
筆者らはこのようにしっかり食べて飲んで楽しんで、3人で約200元(およそ4,000円ほどだから1人当たり1,300円程度)と格安であった。
大学生にアピールする“まちおこし”
バーベキューを楽しんでいるのは、地域に住む人だけではない。「淄博バーベキュー」の話題は淄博市だけでなく、SNSなども通じて、各地に広く伝わっており、各地からの観光客も大幅に増加しているという。さらに、同様のスタイルの店は青島市など周辺にも拡散している。
このブームは、たまたま起きたものではない。淄博の“まちおこし”に取り組んだ関係者の、長く、熱心なマーケティングの成果である。実は、淄博のこのタイプのレストランは以前からあったのだが、淄博市は数年前から、この淄博バーベキューを“ご当地グルメ”としてアピールして来たのだ。
淄博市はその戦略のなか、ターゲットとして大学生を意識するようになった。彼らが新しい消費を推進する層と見たためである。また同時に、青島ビール祭りや音楽イベントなど、話題につながる各種のイベントも併せて展開してきた。
そして、前段ではあえて触れなかったが、淄博バーベキューの食材には、一般的なバーベキューとは異なる秘密がある。実は、串打ちされた各種の食材のほとんどは、ある程度火を通した状態で用意されているのだ。このため、お客としては短時間で失敗なく焼きやすく、タイパ(タイムパフォーマンス)もよいということになる。
そうした手軽さ、楽しさ、味が人気につながり、各種のメディアに高い頻度で取り上げられるようになった。そして、SNSのインフルエンサーたちが話題とするところとなり、動画とともに拡散し、ゼロコロナ政策解除と相前後してブームに火が付く形となったのだ。
淄博市の、大学生を呼び込む作戦はまだ続いている。今後に注目したい。